大阪・関西万博閉幕暑さと戦った184日間



13日万博が閉幕した。『いのち輝く未来社会のデザイン』をテーマに、184日間の会期で2500万人超が夢洲(大阪市此花区)の会場を訪れた。158カ国・地域や国内企業が参加し、文化や人類の多様性を共有したほか、未来を先取りした最先端技術を披露。持続可能な社会の実現に向け、世界の英知を次世代に引き継げるかどうか、2030年サウジアラビア万博まで課題は山積している。平和万博の一方で、ハマスとイスラエルの戦争、ロシアのウクライナ侵攻など複雑だ。
私も73歳で、3度会場入りした。高松商OB会紫雲会がらみで2回、業界の団体で1度、じっくり見たパビリオンは英国館だけ。ここははっきりとしたコンセプトを感じた。その他は今回の万博総論だと思う『2500万人を達成した』、これが正直な感想。じっくり見る人的余裕がなかった。人が余りにも多く、大屋根リング下以外は日陰がほとんどなく、暑かった。
一つ一つをゆっくり見たという人は、恐らくいまい。『万博おばあちゃん』と呼ばれた愛知県瀬戸市の山田外美代(76)さんは、4月の開幕日から全184日入場という『皆勤賞』だという。万博会場近くのマンションを借りて居住生活をしながら、毎日会場を訪れたというが、この人にパビリオンに関して聞いてみたい。関心がないわけではないが、人が多すぎて入館しづらい。ゆっくり納得するまで鑑賞することは、毎日行っても叶わない?
しかし当初計画した数字は、一般入場者数2800万人以外は、ほぼ達成したのではないか。「ご苦労様おめでとうございます」と賞賛したい。数字は目に見えるモノで達成感があるが、これを見た若者たちがどのような反応を起こし、将来をいきて行くか。多少なり刺激になり、将来の夢に役立てれば本来の目的達成と言えよう。
有名な話ですが、明治維新前1867年のパリ万博には、幕府・薩摩藩・佐賀藩・商人らがそれぞれ独自に参加し、後の明治維新に影響を与える人物たちも含まれていました。日本が初めて正式に参加した国際博覧会でした。この参加は、幕末の外交戦略と近代化への布石として重要な意味を持ちます。幕府と薩摩藩の分裂した展示は、国際舞台での日本の政治的混乱を露呈しましたが、逆に日本文化の多様性と魅力を強調する結果となりました。
欧州では日本の工芸品が高く評価され、ジャポニスムという芸術潮流が誕生しました。渋沢栄一ら若き使節団員は、帰国後に銀行制度、医療、福祉、外交などの分野で活躍し、明治国家建設の礎を築きました。この万博は、単なる展示会ではなく、日本が世界に自己を示し、近代国家としての第一歩を踏み出す重要な場だったのです。こんな効果は今どき難しいと思うが、正直期待もあります。