もう一度見たい星野仙一監督の勇姿
地上地デジTBSの深夜番組で、星野仙一さん追悼SPをやっていました。星野仙一先輩は、岡山県児島郡福田町(現・倉敷市)出身。岡山県立倉敷商業高等学校から、明治大学政治経済学部経済学科(私と同じですが生徒が一番多い学科)に籍を置いて、自ら「明治大学野球学部島岡学科出身」と自称するほど島岡監督の薫陶を得て、中日ドラゴンズにドラフト1位で入団した。
1974年には初代最多セーブのタイトルと沢村賞を獲得するなど、巨人のV10を阻みチーム20年ぶり、2度目のセントラル・リーグ優勝に大きく貢献。投手として巨人キラーとして活躍したのですが、やはり氏の真骨頂は、監督になってからの人生だと思います。
私の記憶の中だけでも、40歳の若さで中日ドラゴンズの監督に就任し、その後しばらくの時間をおいて、阪神タイガースの監督、東北楽天ゴールデンイーグルスと、セリーグとパリーグの両方を経験している。またオールジャパン…