第5140回

君が代誕生秘話盛和塾生阪さんからのメールです

昨日に引き続き、阪和彦先輩からのメールの一部を紹介します。

日本人の魂です。 国歌 ≪君が代≫ です。

♪♪ 君(きみ)が代(よ)は 千代(ちよ)に八千代(やちよ)に 

さざれ石(いし)の いわおとなりて 苔(こけ)のむすまで ♪♪

【この歌詞は、今から千数十年ほど前、延喜五年にでた歌集「古今和歌集」の巻7 賀歌の初めに「題 しらず」「読み人知らず」として載っているのが初めです。

これに曲がつけられたのは、明治2年10月ごろ、当時横浜の英国公使館を護衛するために、日本に来ていたイギリス歩兵隊の軍楽長、ジョン・ウイリアム・フェントンが「儀礼音楽」が必要だから、何かふさわしい曲を選んだらどうでしょうか。

と当時薩摩藩の大山 厳に進言し、それに基づいて、大山が数人と相談して、平素自分が愛唱している琵琶湖の「蓬莱山」に引用されている「君が代」を選び、その作曲をフェルトンに頼みましたが、日本音感にあわなかったため、1880年(明治13年)、宮内省雅樂課に委囑し、課員数名の中から奥好義の作品が選ばれ、一等伶人(雅楽を奏するひと)の林 広守が捕作して発表されたのがこの曲です。

これに洋楽の和声をつけたのは、当時教師として日本に滞在していたドイツ人の音楽家フランツ・エッケルトです。この曲については、次のようなエピソードがあります。

日本の代表作曲家山田耕平氏は、若い頃ドイツに留学していました。その頃、ドイツの大学の音楽教授たちが、世界の主な国家について品定めをしました。

その結果第一位に選ばれたのが日本の「君が代」でした。】

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