松野サチ子葬儀告別式
11時からの告別式ですが、早朝からバタバタしています。社長日記で訃報を知ったという大阪在住のHさんが、夜中24時過ぎに会館多肥へ駆けつけてくれました。数年前に一度、サチ子が元気な頃訪ねてきて、母親が大変懐かしがったと聞いています。ちょうど私の留守宅でした。
Hさんは、高校卒業まで拙宅の前にすんでいました。今もその家は、名義を換えて残っています。決して料理が上手ではなかった母親が、弁当を持たせていたと言うので吃驚しました。またH氏は、それが美味しかったと言うから、味覚とはいかなるものか。それで駆けつけたと言うのです。寝入りばなで、闖入者に驚きました。
それでも遠路お疲れでしょうと彼に言って、それを言い訳にして私も寝入りました。今度は26時過ぎ、妹と双子の姪堀芙由美と堀真由美が来ました。私もあまり人のことは言えませんが、2人はよく泣きます。母親の看護もよくしてくれました。麻痺した手足も、1時間ぐらいクリームを付けてマッサージします。動かないはずの親指が、動いたと言います。母にとって、役立たずの長男に代わって、頼もしい存在だったと思います。
そんな2人に励まされて、朝から真剣モードに入ります。焼香順やら、弔電の拝読順を決めますが、焼香では、本来ご尊名を読み上げるべき人を忘れていたり、私もいろいろ経験していたつもりですが、自分のことになるとまるっきし駄目でした。小欄を借りて失礼の段、お詫び申し上げます。
告別式には本当に多くの皆さまにご臨席を賜り、ありがとうございました。おかげをもちまして、松野サチ子葬儀告別式は滞ることなく終えることが出来ました。難ありは、喪主の挨拶だけでした。
初七日も終わり、帰宅して風呂に入り、明日から出張に出る私に課せられた最後の仕事は、頂いた香典の整理です。現金は置けないというかみさんの言うことも理解できます。子供妹夫婦も加勢して、それでも18時に帰宅しましたが21時頃までかかりました。大勢の皆さまありがとうございました。
それからまた仏壇で泣いていたというのですが、このあたりから記憶がありません。ふだん何も言わない堀さんが「うるさい」と言うからには、姪っ子と大合唱だったようです。ありがとうございました。