矢野満さんお別れの会の後羽田空港へ向かう




台風17号が本土に接近するというので、朝から何度か今日の羽田行きのフライト情報を聞きながら、昼前は矢野満さんのお別れの会に出席しました。60歳の突然死は、同じ年の私にもショックです。厚かましくこれから20年、この世に生きるという私の願望も、還暦で人生の幕を閉じた人には強欲に見えるのでしょうか。
今日は16時半過ぎのJALで羽田へ飛びます。最終的には深夜便の、羽田発サンフランシスコへ行く飛行機に搭乗するのですが、ありがたいことに台風の影響もなく、飛行機は予定通り髙松を飛び立ちました。
知らなかったのですが、最近の海外旅行は、髙松空港で預けた荷物を、海外の到着地まで運んでくれるそうです。もっとも同じ航空会社を使うとか、アライアンスしている航空機とか、多少の制限はあるのかも知れませんが、今日は盛和塾ですからJAL機です。
ところが送られてきていた予約確認書を髙松空港JALカウンターへ出すと、手続きに5分かかるから下がって座っていろと言うのです。可愛い女性の指示には従う。おじいちゃんも、可愛い女性には逆らってはならぬという家訓を残していたとか?
待つこと20分。なかなか終わらない。それでもひたすら待つ。文句は言わない。海外へ行くとき、植本義明元香川宅建会長は、「海外ではいろいろなハプニングがあります。決して怒らないように」を繰り返しこのビルの特別待合室で言っていました。決して、怒らない!怒らない!
暫くして先ほどの若くて美人の担当者が、私の席まで来て、「ラスベガスまでの手配をしました」と言うのです。待てよ、確か私はラスベガスへは行かないコースだった?と思い出し、日本語で書かれた旅程表を彼女に示しました。彼女は先に見せた予約確認書を見ていますが、はっきり言ってこれはよく分からない。
慌てて彼女は訂正をして、ロサンジェルス空港での荷物引き換え書をくれました。ちょっと待ってよ、確かに翌日はロサンジェルス空港へ行くけど、初日のホテルはサンフランシスコだぜ。私は復帰した杉ちゃんの真似をして気取ってみた。マジになると腹が立つ。荷物が次の空港まで行くと、前日のサンフランシスコのホテルは、私は着の身着のままかい。それも初めてじゃないからどうにかなるが、出来たらパンツと靴下は毎日交換したい。靴下は予備を持っている。
すったもんだして、最終的には搭乗口まで訂正した引き換え書を持ってきてくれました。それも私の隣のベンチに座るイケメンに渡していました。私より幾分いい男でしたが、彼に受け取りを拒否されていました。
次に私に来ました。似てるかな、大丈夫かいなと一抹の心配を髙松空港に残しながら、予定通りのJAL1410の機上の人となりました。とりあえず羽田空港まで行けば、どうにかなる。成田空港と違うで今日は。私は一度羽田空港から海外へ出たかった。で迷わずBコースを選択しました。
これには後日談があります、と言うか後時談があって、羽田空港国際線窓口へ行って分かったのですが、髙松の彼女は確かに太平洋便は通路側で手配したと言ってくれて私を安心させてくれたのですが、チケットがないのです。再発行して貰って見てみると、「こんなの関係ない」と言うほど大きな昔ながらのチケットでした。このサイズならいくら私でも、間違うはずはありません。
それでも髙松の彼女のおかげで、JL002の後部座席群は盛和塾生で一杯でしたが、何と3人掛けのシートに私1人。ぎっくり腰の私には、何よりのプレゼントです。仕方なしにワインを3本開けて、(名誉のために言っておきますが、結果3人のスッチーがもう1本如何ですかと声掛けてくれたので3本になった)隣の席を使って寝ました。
念のためにスッチー(もちろんキャビンアテンダントという正式名称は承知しています)に、隣の席を使うと追加料金を払うのですかと聞いてみた。彼女はマジ顔で、「空いている席は無料ですから、お使い下さい」と言ってくれた。やはり乗るべきものはJAL機。手続きは髙松空港JALカウンターですね。みんなみんなありがとうございます。