第3440回

盛和塾台湾開塾式塾長講話

午前中は、故宮博物院などの観光でした。中国本土からの観光客で、平日だというのに大混雑です。こんなところにも中国パワーを感じます。今日は許徳聡(KYO TOKU SO)さんのガイド付きでしたから、前回より一層楽しい見学になりました。

許さんは偶然ですが、高松市議の鎌田基志さんや県議の綾田福雄さんをよく知っているとのことでした。高松空港は、上海からの定期便の次は、ここ台北を考えているようで、具体的な交渉にも入っているようですね。

丸山飯店での式典でしたが、以前来たときにもここを見たと思いますが、それは見学程度でしたが、本日は最上12階の大ホールで350人の集会です。日本から200人弱のソウルメートがここへ集っているようです。

かく申す私も、今年2度の中国塾長例会へは参加していません。台湾の開塾式は、東京塾生の蘇麗華さんに敬意を表してこうして大勢が参加しています。蘇麗華さんは、度々塾長例会へ参加されていました。

同時通訳で台湾塾生の自己紹介を聞きました。150名も開塾に集まるということは、「稲盛和夫塾長」の主張がここでも支持されているわけですが、併せて新しいリーダー(過去にも台湾塾はありました?)の唐松章(John S.C.Tang)博士の存在も大きいと感じました。

「人生について思うこと」、運命と因果の法則についての塾長講話でした。塾長は、海外での講話に「運命と因果の法則」の縦糸と横糸で人生が織りなされていると解説します。ニューヨーク市民フォーラムでは、六波羅蜜も含まれていました。外人に布施や精進が分かるかとその時は驚きました。今日は、六波羅蜜はありませんでした。

その陰隲録(いんしつろく)に書かれている話です。稲盛和夫塾長も安岡正篤(やすおかまさひろ)氏の、「陰隲録を読む」とか「運命を作る」とかを題材にしたお話しをされています。

中国の16世紀・明時代のあるところに、袁了凡(えんりょうぼん)という少年が住んでいました。南の地から運命を伝える易者の老人が、将来の運命を少年と母親に伝えます。そして完璧なまでに、その予言通りの人生を歩んでいきます。

やがて成人をし、現在でいう上級国家公務員になり結婚はしますが、子供には恵まれずそして53歳で死ぬとまで言われました。4百年前に、中国「明」の時代に書かれた本です。

袁了凡長官が地方へ赴任した時、有名な雲國禅師と一緒に禅をくみます。あまりに落ち着いた座禅に、老師は驚き「あなたはその若さでどうして、一片の迷いもないそれだけ落ち着いた座禅をくめるのか?」と尋ねます。

それに袁了凡は、易者が言った通りの人生を歩んできたことを言います。そして、「やがて死ぬのであるからして、何の迷いがありましょうや」という。すると禅師は、「運命はたしかに決まってはいるが、因果の法則というものがあって、善きことをしたら善き結果が出て、悪いことを思い、悪いことをすれば運命は悪い方向へ曲がっていきます。と一喝します。

家へ帰った袁了凡は、妻にこのことを話します。おとうさんこれから二人して良いことをしましょう。出来たらその日のところに可を、出来なかったら否を、可を二人で多く集めましょうと夫婦は誓うのでした。

人間の心を分析してみたら、真我(良き心)と自我(悪しき心)になる。エゴをコントロールできないから悪の道に迷ってします。しかし残念ながら人間は、真我だけでは生けていけないのです。人間は本能という自我が生命を維持しています。

つまり両方が必要ではあるのだが、自我が強すぎて自分だけ善ければそれで良いのだという悪しき心がのさばろうとして、どうしてもこちらが強く大きくなっていきます。悪しき心が強くて、他によかれと言う心は弱いのです。

キリストが言うように、右の頬を叩かれたら左の頬を出すというような高邁な考え方にはなかなかなれない。自我を抑えるしかない。モグラたたきの如く、自我が出てくれば自らがそれを抑えるのです。良き心を広め、悪しき心を小さくすることが、「稲盛和夫塾長」の言う心を高めると言うことです。

判断も良き心でするのと悪しき心でするのでは、全く反対の結果になってしまいます。その実例が、食品偽造事件です。自我と真我が同居している我々は、そのバランスを保つことが大切です。勿論イーブンではなく、真我が6割7割8割になるように修業をし、自我を減すのです。

西郷隆盛は、心の管理という面でも優れた先人でした。敵であった庄内藩の若侍がまとめた西郷南州遺訓集があります。その中にも、利己的なことをしてはなりませんと書かれています。無私、自分が自分がという心を捨てるのです。

企業は、トップの器以上にはならないものです。組織が大きくなっていくにつれて、経営者も心を大きくしていかなければ必ず挫折をします。日々懸命に努力を続けて参りました。

松下幸之助さんや本田宗一さんを例に惹き、「心を高め経営を延ばす」のですと締めくくりました。ある程度まで業績を伸ばしても、晩年ダメになる人も多くいます。邁進し傲慢になり、反省を忘れ心を磨くことを怠ったがために、何もかもなくしてしまう人も沢山います。多くの方が勇気を奮い起こすことが出来なくなる。

ある程度のところまで自分を磨いた人も、「自分を大事にする」という守りに入ったら、心の中に雑草が生えて、綺麗な花を咲かせることが出来なくなります。つまり人を相手するのではなく、天を相手として物事を考えるのです。

命も要らぬ名も要らぬ、官位も要らぬ金も要らぬ者は始末に困るものだ。世のため人のため、人に善かれかしと思えて初めてリーダーとして存在できるのです。経営者も政治家も、心を高める毎日が大切です。

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