真鍋克子さんのお別れ式
谷森勉師匠から訃報が届いて、新聞のお悔やみ欄で確認しました。元自民党衆議院議員真鍋光弘氏の夫人と言うより、やはり「かっちゃん」と呼び、男以上に独立した言動の真鍋克子(よしこ)さんの逝去の知らせでした。
私は途中まで「よしこ」と読むのを知らなかったもので、分かってからも「かつこ」で通していました。ご本人も意に介せず、「いいのいいの」と容認されていました。懐の深い、胆識を持ち合わせたお人柄でした。
本日は連休最後の日曜日にも拘わらず、大勢のお別れ人が集まっています。本人は洗礼をうけたキリスト教徒で、ご主人は浄土真宗ということですが、本人の意志でこのような「お別れ会」になったそうです。「花は白い菊」と、本人の趣向のようです。
享年70歳、私にも50代と言えば言いすぎでも、60歳丁度くらいには見えていました。活動家でくよくよしない、山登りも何度かご一緒しました。酒量は人後に落ちることはありませんでした。
それでもやはり真鍋光弘さんが現役の選挙を戦っていた頃のことが、とても印象的です。真鍋さんの母校高松高校の仲間で組織された選挙事務所へ、私は最初うどん玉を20玉40玉80玉と運んでいました。それが、気がついたらどっぷりと浸かっていました。その一役を、当然克子さんが担っていました。説得は、迫力がありました。
真鍋光弘さんは、高松高等学校から東京大学、大蔵省とすすんで、今から28年前に克子さんを連れて帰郷したそうです。お別れ会の冒頭で、光弘さんは15分間にわたり、思い出を語ってくださいました。読経がありませんから、語る時間は豊富にあります。
真鍋光弘さんは、何度かの挑戦で議員のバッチを得ながら、その後の小選挙区選挙制度のため、自民党を出て、その後復活することはありませんでしたが、今日まで現民主党最高顧問です。
克子さんは多くの友達を、年を重ねてから得たと言います。弔辞ならぬお別れの言葉でも、その親交の深さが伝わってきます。今年は何だか、100年に一度50年に一度のことが度々おこるものです。喜びもあり、それでも悲しみのほうが多いかな。