一日に葬儀告別式が二つ
最近の寒波来襲で、よくなりかけていた闘病者が鬼籍に入っています。私の周りでは、その原因に癌が多いように感じます。転移をしたことで、どうしょうもないというのが現状のようです。素人考えでも、体内の弱いところ、とくに臓器に多いようですが、そこに癌が出来る。と言うことは体内のがん細胞が、可視サイズにまで成長している訳です。
運良く一つ二つ、またはそのエリアをすべて摘出したとしても、がん細胞の芽は体内のどこかしこに残っているわけです。Fight cancer(癌と闘う)、体全体で癌と闘い、打ち勝たない限り真の生還は望みようもないのです。
残念ながら私の先祖も癌体質で、癌で死んでいます。今の私の体力では、いずれ追い詰められると恐れていながらも、逃げおうせるものではないと諦めています。まあそれまで一生懸命生きることです。
悲しいお別れとなった物故者は、中村裕美さん61歳と植田笑子さん86歳のお二人。中村裕美さんは、自らも社員教育や新人研修などのインストラクターとして会社を経営されていました。香川県中小企業家同友会高松第4支部で仲良くして頂きました。若くはないのですが愛らしくてアイドル的存在でした。元RNCのアナウンサーで、「何で私なの」と言いながら、自らがマイクを持って、司会進行をやってくれていました。
旦那様が四国電力㈱の取締役だそうで、電力の代表取締役会長から社長、系列グループの社長さんまで、多くの弔問客で公益社西館の2階は一杯でした。賑やかなことが好きだった裕美さんにとって、いいおくりになったと喜んでいます。旦那様の最後のご挨拶も、良いものでした。私のことを「セイカンさん」と呼ぶのですが、今も上の方から呼ばれている気がします。
そして植田笑子さんは、1男2女の母親として、また地元のPTA役員や婦人会、民生員まで勤めた方です。40歳を過ぎた頃から次女の世津子さんと、コトデン仏生山駅前で、喫茶店をやっていました。コーヒー豆を挽いた本格的な店でした。こんな所は、実に徹底していました。葬儀会場の会館は、私も初めての、ベルモニー三条でした。
こちらの弔問客は先に比べると多くはありませんが、私の母と同年配です。正確には1歳年上ですが、戦争を体験して子育てから事業の経営と、八面六臂の大活躍の人でした。その日に二つのおくりも珍しいのですが、お二人の異なる告別式でしたが、ともにご冥福をお祈りします。ありがとうございました。