第六回さぬき満月まつり







毎年この時期、恒例になりました屋島山上での満月まつり「夢まつり・まんでがん・屋島」が開催され、もう6回になります。私は言い出しっぺの青梅スミ江さんに誘われて、3回頃から僅かばかりの広告の協力をしています。「屋島を元気にしよう」という動きは、徐々にですが、盛り上がっています。
一時期高松市が、夏の週末に「ゆうぐれフェスタ」なるものを仕掛けて、屋島の賑わいを意図的に作ろうとしましたが、集まる市民は、観光課かその友人知人の域を超えるものにはなりませんでした。それと平行して、民間の屋島を元気にする会が、いろいろな催し物を起爆剤に、独自の活動を続けています。
ここ屋島の名前は、寿永2年(1183年)7月、源義仲に敗れた平氏は安徳天皇と三種の神器を奉じて都を落ち、九州大宰府まで逃れたが、在地の武士たちが抵抗してここからも追われてしまった。平氏はしばらく船で流浪していたが、阿波国の田口成良に迎えられて讃岐国屋島に本拠を置くことができた。(フリー百科事典ウィキペディア)頃から有名になったようです。
昭和30年代から讃岐の3大観光地といえば、金比羅さん、栗林公園、屋島と決まっていました。金比羅さんはますます元気で、話題作りに余念がありません。温泉掘削から、金丸座歌舞伎まで、新しいことに挑戦しています。中野うどん教室も、人気のスポットです。
また栗林公園も町中にあって、時間調整を兼ねた観光地として、その人気は続いています。特に動物園を撤去して、その跡地に大型バス用の駐車場を新設し、一層観光客が増えたようです。それでも以前は、この栗林公園内外で食事をする機会が多かったのですが、今では滞在時間が30~60分程度でしょうか。
さらに屋島に至っては、平家の衰退がそのまま時代トリップしたかのように、山上にあった旅館ホテルも、今は壊滅的崩壊状態にあります。機能していないばかりか廃墟と化して、取り壊しもままならぬ様子です。聞けばその敷地の多くが、四国88箇所霊場84番札所屋島寺のもので、建て替えの話など論外と聞いています。
このような危機的状況の中で、「屋島山上水族館」は香川県三木町に本社を置く、「日プラ㈱」がてこ入れをして、人気スポットの集積地になっています。これまでの風光明媚を降ろして、話題技術で人を集めています。
「日プラ㈱」は、アクリルパネル「アクアウォール」の設計・製作・施工や水槽内防水ライニング工事(スミライニング)や映像スクリーン「ブルーオーシャン」の製造・販売をしている国内有数の企業です。2009年沖縄美ら海水族館(沖縄)などを作った会社です。今は、海外からの需要に追われているようです。
さてその屋島ですが、このまま衰退だけでは悲しすぎます。僅か2日のイベントですが、復活の火だけは消さずにともし続けて貰いたいものです。イベントは最終日21時頃まで続いていました。最後のカラオケステージには、三好良一さんの「おふくろさん」も登場、その思い出を1枚残しておきます。
追伸
40年ぶりに屋島の「いいたこ」を食べました。屋島へ上がってきたら、このいいたこを食べて、瓦投げして帰るのが子供らの常識でした。瓦投げは、素焼きの小皿(直径7㎝)を、指に引っかけてサウスポーで遠くへ投げ出します。風に上手く乗れば、大きな放物線を描いて、森の中に隠れていきます。