成功させよう!!大阪支部創立60周年記念大会



1950年(昭和25)の復興はじめの頃、大阪に香川県立高松商業高校のOB会が発足したそうです。高商のOB会は、本校の「紫雲会」と「東京支部会」とこの「大阪支部会」の3つです。それぞれの代表らが、面々と歴史をつないでいます。
私も3年前頃から先輩の木村玲子さんに声かけられて、紫雲会総会などのお世話を始めました。そして昨年7月は、無理を言って東京支部総会へ自費参加させて頂き、そこでの運営に大きな感銘を受けて帰ってきました。
その席で、本日の大阪60周年の記念大会のお誘いを受けたわけです。北村光雄支部長はじめ、中心人物の柱である多田孝さんらから、熱いラブコールを頂きました。これら一連の式典に私が良しとする3つの共通項があります。
一つは国旗の掲揚です。当たり前ですが今の日本、これが出来ていないのですね。二つに1歳でも先輩はたてる。先輩の言うことには素直に従う。三つめは、46年卒の「まつののぶひろです」とフルネームが言えることです。
本日は、盛和塾北京開塾式に参加せず、香川宅建の2年に1度の役員研修会にも遅刻をして、それでも多田先輩が命を懸けて仕掛けるこの還暦60周年式典にやってきました。段々話が大きくなって、女房まで動員です。
式典は神戸のポートピアホテルの地下、大宴会場に160名が集まり、賑々しく行われています。歌あり踊り(大学のチアガール)の、それでいて、名刺の交換や、挨拶回りが続きます。私も1年先輩の龍満愛子(旧姓大森)さんに、40年ぶりにお会いしました。奈良県にお住まいのようです。
これに先立ち、記念講演は、東日本ハウスオーナー中村功先輩からの「私の人生哲学」でした。名をあげ効なす人は、やはり在学の頃から人とは違っていたようです。東京支部長安西愈(まさる)氏(東京弁護士会所属)と、三木町氷上で3歳違いで3軒隣と互いが意識していたようでしたが、両怪童が三木町から高商へ通っていたのですね。出光興産へ就職して、東北盛岡支店勤務の時に独立し、「東日本ハウス」を創業されたのです。
これでおよそ1年前からの約束を果たせました。30年卒業多田孝先輩の健康と、またの再会を祈念して、末筆とさせて頂きますが、なお本年11月24日(水)は母校高商の110周年記念式典が挙行されます。卒業生は、どうぞこぞって参加下さい。私も会場の隅にいます。