陰隲録は運命対因果応報の法則の戦いが書かれています
盛和塾・稲盛和夫塾長のお話しを、車の中のCDで聞いております。これらを聞いて、「そうかここが違うのか、ここを正せばきっと良くなる」と興奮しながら、それでも事故をおこさず、深い影響を頂いております。
稲盛和夫塾長は、因果応報の法則、つまり良いことを思い良いことをすればきっと良いことがおこり、生まれながらに備わっている運命をも変える力があるというお話を良くされます。
私もその話しを聞きながら、漠然とそうだろうなと思っていましたが、今のCDを聞いて一層自信が確信に変わりました。
その陰隲録(いんしつろく)に書かれている話です。稲盛和夫塾長も安岡正篤(やすおかまさひろ)氏の、「陰隲録を読む」とか「運命を作る」とかを題材にしたお話しをされています。
中国の16世紀・明時代のあるところに、袁了凡(えんりょうぼん)という少年が住んでいました。通りかかった易者の老人に、将来の運命を予言されます。
そして完璧なまでに、その予言通りの人生を歩んでいきます。
やがて成人をし、現在でいう国家公務員になり結婚はしますが、子供には恵まれずそして53歳で死ぬとまで言われました。
地方へ赴任した時、とある老師と出会い、袁了凡は一緒に禅をくみます。
あまりに落ち着いた座禅に、老師は驚き「あなたはその若さでどうして、一片の迷いもないそれだけ落ち着いた座禅をくめるのか?」と尋ねます。
それに袁了凡は、易者が言った通りの人生を歩んできたことを言います。そして、「やがて死ぬのであるからして、何の迷いがありましょうや」という。
すると老師は、「運命はたしかに決まってはいるが、よき事を思いよき事を行えば運命は変えられる」と一喝します。
家へ帰った袁了凡は、妻にこのことを話します。おとうさんこれから二人して良いことをしましょう。出来たらその日のところに○を、出来なかったら×を、○を二人で多く集めましょうと夫婦は誓うのでした。
ここで物語は一変し、袁了凡が自分の息子に言い聞かせる場面になります。
「老子にできないと言われたがお前が生まれ、53歳で死ぬと言われたが、今私は69歳になる。なぁ息子よ!運命は変えられるのだよ。
もし、おまえが将来人望を集めるようになったとしても、卑しくて誰にも省みられない頃を忘れるなよ。
もし、出世をし有名になったとしても、志を得ぬ頃のことを忘れるなよ。
もし、順当に思うがままになったとしても、反省をし、意のままにならなかった頃のことを忘れるなよ。
もし、豊かになって衣食に困らなくなったとしても、貧乏だった頃のことを忘れるなよ。
もし、お互い愛敬しあうようになっても、イイ気にならず浅学非才で何もわからなかった頃のことを忘れるなよ。」
私はこのCDの稲盛和夫塾長の話を聴いて、もやもやの全てが氷解しました。そして、安岡正篤氏の本を読むことと、この運命と因果応報の法則の関係を少しでも多くの方に知らせたいが為に、ここに書かせて頂きました。
途中盛和塾生のプログも参考にさせて頂きました。お名前が分かりませんが、ありがとうございました。よかったらこれもお使い下さい。