第1977回

横綱朝青龍と亀田大毅選手のダブル謝罪会見

この数日は、小欄もマスコミネタになってしまって、不本意ではありますが、今日のこのダブル謝罪会見の私論を少しばかり書いて明日からは視点を変えます。

というのも、二人の記者会見は楽しみでした。どんなことを言うのか、興味津々でした。同時になったのは、別に恣意的なことではなかったと思いますが、比較対象で話題性は高まっています。

私も21時過ぎからのテレビニュースで、謝罪会見を見ました。マスコミが自分の考え方(極端にいえば二人を悪者にするか良い者にするかの判断)によって、その映像や音声を組み立てます。必ずしも、マスコミの見方が正しいとは言い切れません。しかし庶民は、批判を恐れず私を先頭として言うならば、「善人(はっきり言うなら馬鹿)」が多いので、このコントロールの影響を大いに受けます。大馬鹿な私は、その餌食です。それを真に受けて、またこうして受け売りを書いていて、困ったものです。

私もマスコミの取材を受けたことがあります。「今年の求人は大手企業が大量に内定を出して、中小企業に学生さんが集まりにくいのでは」という記者の質問に、「そうでもないですよ、堅実な中小企業には人は集まっています」というコメントはカットされて、私が喋ったことですが、意に反したコメントで構成されると言うことも実際にありました。

話をダブル謝罪会見に戻しますが、印象についてはいろいろ言われているので、多くは語りませんが、朝青龍はそつなくこなして儀式は終了、地方巡業から初場所が始まります。コツコツ頑張っている相撲界を、あの師弟が一瞬にして台無しにしたと言う親方もいますが、朝青龍がひととき相撲界を引っ張り、貢献して、自分たちにもその恩恵があったのはどう弁解するのですか。

モンゴル人の横綱に、品格の強要をしても、それは日本人が溜飲を下げるレベルになるわけがないじゃないですか。求める方にも無理があるのと違いますか。横綱審議会へも謝罪に出向くというのも一件「神妙」と言いたいのですが、一般会見での謝罪と、横綱審議会での謝罪は違うのですか。このあたりも、再考の余地がありませんかね。朝青龍はこのメンバーの多くが、横綱にしたのではないのですか。

一方亀田大毅選手は、まだ未成年者です。未成年者は民法でも、一人前の人間として認めていません。こちらは豪放磊落、人生は家族と俺のものと思っていますよ。これはこれで良いのではありませんか。ボクシングは国技とか品格とか言わないじゃないですか。気に入らないというなら、試合を中継することをやめればいいのです。結果は心配しなくても、翌日のスポーツ欄に小さくですが載りますよ。礼儀だとかを求めても、子供はわかりませんよ。

しかし私は、経営者も格闘家も心技体のバランスがとれていなくては、後生歴史に名を残す人にはならないと思います。少なくても今現在のお二人には、「名人」「達人」になるつもりは無いのですから、国民が勝手に一喜一憂するのも今日ぐらいまでにしませんか。

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