隅照佛~佛師凡海とその仲間たち展~




高松市美術館で8日(木)から開催されている、標題展へ行きました。仲間たちのお一人、西野泰司さんの招待です。以前から、仏像の彫刻を趣味でやっているとは聞いていました。西野泰司さんとは、前職「第一生命ビル」の代表をされている時からのつき合いです。四国電力相談役・佐藤忠義塾生でもありました。
仏教・宗教・仏像等は、私の苦手のジャンルです。ですから自分を変える意志を持って、仏像展と記念講演「さぬきの仏像再発見」の聴講にも挑戦しました。
講師は仏教美術研究家、仁尾町円明院住職の武田和昭氏です。初めてで、暗いところへ押し込められる感じがして、出口に一番近いところに座りました。
スライドを使う関係か、美術館の多目的会議室のためか、部屋の照明が暗いのです。OHPにしてもプロジェクターにしてもそうですが、本当に使う瞬間に暗くして、それ以外は普通光にしておかないと、眠いし、まして仏像の話となると怖いものがあります。
氏の講演の要旨は、讃岐は京都奈良に次いで仏像の宝庫だということでした。それを一つ一つ解説しています。メリハリがあって、地元の話題ですから、大変面白い講演でした。
東讃大内町の「與田寺(よだじ)」には、「釈迦誕生仏」があります。白鳳年間初から天平年間に作られたもので、釈迦は、産まれた途端、七歩歩いて右手で天を指し左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と話したと伝えられています。生没については、2つの説がありますが、紀元前450年頃の人物で、誕生日は私と同じ4月8日と訊いています。
仏像も流行があって、時代が分かるのもそのためです。また日本と大陸の間でも共通するトレンドが有り、インターネットのない時代に、トレンドがどのようにして伝わったのかも興味深いところです。
本日は少なくても、仏像に興味は沸きました。もちろん深くは理解していませんが、早くから銅製に金メッキが施されたり、銅と鉄の金属を部分的に使い分けた一体の仏像があったりして、時代背景、権力構造などの影響も色濃いようです。