二見公認会計事務所所長・二見豊先生逝く

突然の訃報に驚いていますが、喪主のご子息(医者です)の言葉によれば、2年半前に「すいガン」であることが分かって、その後闘病生活をしながら、いやいや先生の場合は、仕事をしながら闘病生活をしていたようです。
宅建協会の顧問でありながら、研修会や法定講習を担当頂き、先生の勉強熱心な真摯なお姿は、われわれを励まし、あるべき姿像を身近にお示し下さったように思います。
先生は地元香川大学を卒業後、四国通産省に入局され、その後公認会計士の資格を取得されたそうです。喪主の言葉の中に、4歳の時にやけどを煩って入院したとき、枕元に勉強机があった。そこで父は看病しながら受験勉強をしていたと聞いて、「私も勉学に励む覚悟みたいなものが出来た」という喪主の言葉に、会場内はすすり泣く声が広がりました。
残念ながら仕事上のお付き合いはあまりなかったのですが、宅建協会を通じてはたまたライオンズクラブを通じての親交がありました。また20年ほど前に、あることがきっかけで、胸襟を開いてお話しできるようになりました。
また先生は、毎月レポートを郵送してくれていました。私は顧客先ではありませんが、私にもお送り頂いておりました。最後は173号前後だったと思いますが、5月は休刊でした。私がふりがなを所望したせいか、最近はフリガナ付で面白いエッセイが届いていました。
例えば「文豪の言葉」という私のデーターベースには、17/11/1「丁稚から勲一等瑞宝章拝受者に」と言う文章の中で、丸善の説明を、「丸善㈱の商号は丸尾善七商店をちぢ縮めた名称で、デパートの三越が三井越後屋を短くしたのと同じで、どうも日本人は縮(ちぢ)めることが好きである。」というふうに実によく勉強をしている人でした。私は無理を言って、今までに発行されたエッセイの大部分を頂きました。後世に伝えたいと考えています。
大変お世話になった二見豊先生。ありがとうございます。79才の病の床で、「仕事が出来ないのが一番辛い」というのが辞世の言葉であったと聞きました。ご冥福をお祈りします。