公益財団法人オイスカ四国支部第16回幹事会

オイスカの幹事会は、世間一般的に言われる総会です。『オイスカ』は何の略かと聞かれたのですが、『オイスカ(Organization(機構)・Industrial(産業)・Spiritual(精神)・Cultural(文化)・Advancement-International(国際貢献))』公益財団法人オイスカは、1969年にオイスカ・インターナショナルの基本理念を具体的な活動によって推進する機関として生まれ、主にアジア・太平洋地域で農村開発や環境保全活動を展開する国際NGO。
私も詳しくは知らないまま高松推進協議会の会長を仰せつかっていますが、「木を植えながら人を育てる」組織だと、私はオイスカのことを端的に説明します。穀を得るは1年のケイ、木を植えるは10年のケイ、人を育てるは100年のケイとオイスカでは言います。オイスカは日本軍が先の大戦で蹂躙した地に米を植え、作物の種を蒔き、木を育て、人材も育成しています。
この先頭に立ったオイスカ初代中野與之助初代総裁が、日本軍が先の大戦で蹂躙した地に米を植え、作物の種を蒔き、木を育て、人材も育成して60年間やって来ています。この米作りですが、2月から『出作熊野神社』の責任役員になることから、神話や神様のことまた古代の歴史を少し勉強しました。稲作は弥生時代に中国大陸から朝鮮半島を渡り日本に伝来したと学びましたが、昨今の発掘などから、半島伝来説は違うと言う、また縄文時代に既に稲作は日本の食文化として定着していたという説が台頭しています。
原因は発掘調査での科学的炭素時代分析で、日本の米のDNAが半島南部から大陸の沿岸部に見られると言うことで、逆に日本から半島や大陸へ伝播したのではないかと言われ始めています。こんな話題を幹事会閉会挨拶で私がしたのですが、懇親会で私を呼び止め、「あの話を聞いてこれから私は子どもたちにどう教えたら良いにですか」と詰問する会員さんが居ました。
日本製の鉄器や青銅器など、全国各地の古墳群から出土しています。今の時代ですから、科学的に検証が出来て、古代史が代わりそうですがそれはさておいて、米にまつわる先の中野與之助初代総裁の行いは、同じ日本人として矜持を感じるモノで、私はこの一点からオイスカを支援しています。稲作が日本古来の製法で多くの『おおみたから=一般民衆』の命を育んできた事実を、これからの日本人は受け継いで米を大切にしたい。
最後に今年の研修生の紹介です。昨年の5人から9人のまで増えています。やはり会員増しか、彼らを喜ばすことは出来ない。こちらも頑張ります。