司馬遼太郎著菜の花の沖全六巻読破
日常では、なかなか350ページ全六巻を読むことは困難であります。かみさんの親友栗原ファミリーのパパが、6月一緒に金沢へ行ったときにこれが良いよと薦めてくれたのが「菜の花の沖」全六巻でした。
封建社会の江戸時代にあって、身分や国境を越えて活躍した海の男、高田屋嘉兵衛の波乱に満ちた一代記が綴られています。高田屋嘉兵衛は、実在した北前船の船頭です。1769年、淡路島の貧しい農家に生まれた高田屋嘉兵衛は、菜の花畑の先に広がる大海原を疾駆することを夢見て育つのです。
逃げるように裸一貫で島を出た嘉兵衛は、やがて天才的な商才を開花させ、北洋の新航路を開拓し、日本一の大船主となるのです。その絶頂期に、ロシア帝国と日本との紛争に巻き込まれるが、捕らわれの身でありながらロシアとの外交交渉にあたり見事に解決して日本へ帰り、菜の花の綺麗な故郷に落ち着く。
司馬遼太郎さんの『菜の花の沖』の主人公になった高田屋嘉兵衛は、北方交易や択捉島(えとろふとう)開発などで活躍した豪商です。ロシア修好の先駆けにもなりました。
北海道から更に北の、これまでに知られていない航路も次々に開いていきます。先に北前船の船頭と書きましたが、それには飽き足らぬ高田屋嘉兵衛でした。自らの意志とは別の力に押されて、彼は今の世に言う北方領土からサハリン、オホーツク海まで当時の大型船といえども木造船で航海します。
司馬遼太郎の命日である2月12日は、彼が愛した菜の花にちなんで「菜の花忌」と呼ばれているが、その名称の由来ともなったのが本作、淡路島出身の豪商・高田屋嘉兵衛が主役の海洋ロマン『菜の花の沖』である。北前船から、函館を基地として更に北進、今の北方四島を含めた地域へも渡る。
一説では、秀吉と並ぶ不世出の英雄と言われた高田屋嘉兵衛。NHK大河ドラマにもなったこの作品は、単なる出世物語に終わらず、家族との確執や嘉兵衛の末路までをも描き、奥行きのある人間模様を見事に描ききっている。
百田尚樹の「海賊と呼ばれた男」が上下2巻で出版社から嫌われたと聞きますが、菜の花の沖は6巻です。途中で確かに飽きるところも、私の読力ではありましたが、これからの時代これほどまでの雄大な作品は現れまい。
生まれ故郷の菜の花を、終生愛したと言われる嘉兵衛。大河ドラマの映像の冒頭とラストで印象的に使われる菜の花畑は、嘉兵衛の成功への夢の源であり、帰り着く場所であったのかもしれない…。私は残念ながらこの大河ドラマを見ていない。
そのように嘉兵衛って、みんなあまり知らない。私も栗原ファミリーに教えられて、読み始めたのですから。しかし太田啓太先生は、その全六巻を読んでいた。それを私は遺品として頂きました。嘉兵衛について熱く語っているのは、経営者か司馬遼太郎ファン、あとは高田屋の本店があった北海道・函館の人くらい。
そんな高田屋は、2代目のときにロシアとの密貿易の疑いをかけられて、幕府にほぼ全財産を没収されています。それでも残った財産で商売を続けていたのですけど、高田屋という店があったのは3代目まで。4代目からは勤め人です。
結果として高田屋嘉兵衛の働きは、NHK大河ドラマを見た人以外、そう多くは知るよしもない。三菱財閥を作り今に続いている岩崎弥太郎などは、ごくまれなケースでしょう。しかし高田屋嘉兵衛の働きは、何らかの形で今に続いているように私には思えてならない。