第5010回

日本人が知らない地政学が教えるこの国の進路by菅沼光弘

地政学とは、国家を有機体としてとらえ,その政治的発展を地理的条件から合理化しようとする理論。スウェーデンのチェーレン(Rudolf Kjellén 1864~ 1922 )が提唱し,ドイツのハウスホーファーが大成。ナチスにより、領土拡張の戦略論として利用された。

菅沼光弘氏が上梓した中で、私が読んだ数冊目の本です。2015年9月初版第1刷発行。菅沼光弘氏は、東京大学法学部を卒業後、公安調査庁に入庁されドイツの連邦情報局に派遣されました。帰国し、対外情報活動部門を中心に旧ソ連、北朝鮮、中国の情報収集に35年間従事した日本で数少ない「情報のプロ」。

現在、アジア社会経済開発協力会を主催しながら、評論活動を展開されているとのこと。論調は、言っている内容が外交(戦争・紛争も含む)に関するものですから、欧米からのスパイ活動から日本の無防備な海洋国家の愚策に至るまで、日本国政府もさることながらわれわれ国民に、「世界中の本当のことを知れ」と訴えかけているように思います。

地政学という学問は、戦後のわが国において、禁断の学問と言っても良い扱いを受けてきた学問です。ですから、ほとんどの日本人が、そのなんたるかを知りません。それは、先の解説にもあるように、地政学がナチスドイツの世界制覇の野望の、理論的支柱であったと見なされたという過去の事実から来ています。

そのために、敗戦国(枢軸国)の戦後の学問体系からは排除されてしまったのです。しかし、あの戦争に勝利した先勝国(連合国)の国々も、この地政学の理論で第2次世界大戦を戦っていたことを忘れるわけにはいきません。

そしていま、国内が、安保法制の論議で大揺れに揺れている2015年現在も、この世界は地政学の論理で動いているのです。戦争の悪であることは言を俟ちません。日本国憲法は、戦争を放棄しました。

しかし戦争を、あるいは武力を含めた覇権争いを、不可避なものとしていまも世界の大国が動いているのだとしたら、そして、その理論的支柱が地政学にあるとすれば―実際、その通りなのですが―それを知らないと言うことは、一国として、この世界に生きる道を知らないと言うことになるのです。

これではいけない。これでは、この国が生き残る道がなくなってします。この本は、そのような思いに突き動かされ、この地政学の見方に基づいて、現在の激動の世界情勢をどう捉えたら良いかを菅沼光弘氏が真剣に考えた言霊の集大成です。

戦前までは、日本の地政学も世界に冠たるものだったのです。満州や朝鮮半島へ出て行くときの理論的な根拠を必要としたからです。例えば満蒙(満州と蒙古)について言えば、板垣征四郎大佐という関東軍高級参謀、石原莞爾中佐という作戦参謀がいました。

1931年(昭和6年)9月18日午後10時20分頃、奉天(中国,遼寧(りようねい)

省の瀋陽 (しんよう)の旧称)郊外の、柳条湖付近の南満州鉄道路線上で爆発が起きました。これがいわゆる「柳条湖事件」です。

現場は、3年前の張作霖爆殺事件の現場から、わずか数キロの地点でした。爆発自体は小規模で、爆発直後に現場を急行列車が何事もなく通過していたそうです。

この事件は、板垣征四郎と石原莞爾が首謀し、軍事行動の口火とするため自ら行った陰謀であったことが戦後のGHQの調査により判明しています。関東軍は、これを張学良の東北軍による破壊工作だと発表し、直ちに軍事行動に移りました。

この事件の背景には「満蒙こそわれわれの生命線」という観念がありました。なぜそんな言葉が出てくるかと言えば、それが地政学です。まず日本の目と鼻の先に、朝鮮半島がある。あの半島国家というのは、大陸からの圧力がものすごくかかる。

半島付け根の部分が満州で、朝鮮半島の安定のためにはそこを押さえることが絶対必要なのです。そして朝鮮半島の安定、ひいては日本列島の安全にとって、満州を確保することが必要だと言う判断が関東軍にはあったのです。

菅沼光弘氏は歴史をひもとき、それが今日の世まで続いているという。日本の平和ぼけが、このまま続くとはとうてい思えません。政府はそれなりの情報収集活動をやっていると思いますが、アメリカ一辺倒ではなく、ロシアとも場合によっては中国と一時的に手を組む、そんなしたたかさが必要では無いかと。

なお今日は春分の日

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