電話番号を教えてはいけませんか曽野綾子「私の違和感」

少し前のネタになってしまいましたが、前回明治大学特集のあった週刊現代5月19日号の192ページから、作家の曽野綾子さんが特別に寄稿した「亀岡暴走事故死「個人情報漏洩」報道思う」という記事が掲載されています。私もマスコミ報道を見た翌日の弊社朝礼で、「警察や学校が被害者の連絡先を教えたのは、少なくてもこれまではあたり前のことであった」と持論を展開しました。
事件は(2012年)4月23日の朝、京都府亀岡市で、集団登校をしていた児童たちに、無免許運転の無職少年(18歳)の車が突っ込んだ。妊娠中の母親とその胎児、女子児童2人が犠牲となり、7人が重軽傷を負った(4月30日現在)のです。まだ記憶に新しい出来事です。
一方的な責任が無免許運転の無職少年(18歳)にあるのは自明の理ですが、少年達がこの年齢になるまで、親や学校はいったいどんな教育をしていたのだろう、と思う。もっとも、教育の最大の責任者は教師でもなく、親でもなく、自分自身であるのだが。少年は、国家や社会が用意してくれた教育の機会をほとんど使わなかった「愚か者」なのだろう。
しかし、事故から3日経った4月26日になって、マスコミは一斉に別のポイントを指摘しはじめた。加害者の少年の父親(47歳)が、「お詫びを言いたい」と亀岡署に申し入れたところ、署側が被害者に無断で被害者の住所・氏名を教えたというものです。加えて学校側も、犠牲となった保護者の携帯電話番号を教えたようです。
われわれ不動産業者の所へも、警察をはじめとして、度々の問い合わせがありますが、まず電話での問合せについては取り合いません。来社されて事情をお伺いして、「なるほど」という場合にはまず当事者の入居者本人さんにその状況お知らせします。「教えて良い」というケースは希ですが、頼みに来た人の真剣度によって労を執ります。
この例はわれわれが教えない限り、そこの接点がまず100%繋がらないケースです。しかし先の亀岡の交通事故の場合には、警察が知らせなくてもどうせ分かるのではないでしょうか。やがて分かるから知らせて良いのかと詰問されたら、「ダメです」と私も言わざるを得ないのですが、知ったところで仕返しに行くことは考えられません。
最近は想定外もありと言われそうですが、日本人もそこまで愚かではないでしょう。針のむしろを覚悟して、父母はそれでも謝りに行こうと決意して居宅を聞いたのだと思います。学校もそう判断したと思います。それを「喋った警察が悪い」と騒ぎ立てる親や親戚縁者は仕方ない心情のはけ口だと思いますが、マスコミは何でそんな絵ばかりを流すのでしょうか。
作家の曽野綾子さんは、最後の方で、出来もしない個人情報の完全秘匿に血眼となり、漏洩を過剰に恐れることによって、行き過ぎとなった例は枚挙に暇がないとも書いています。私もまったく同感です。個人情報保護法が、日本を滅ぼすという人もいるほどです。どこか違うと私も実感しています。
日本人は元々、「はっつぁん熊さん」の長屋生活のコミュニティーから今に至っていると思います。法律に縛られ自らを縛りすぎては、本末転倒ということにもなりかねないと危惧しています。家賃を替わって払ってあげることは出来ませんが、味噌醤油なら、いつでもお貸ししますよ。
昨日の金冠日食は932年ぶりの広域観測と言われる天文ショーでしたが、このビッグな話題に続き、今日は東京スカイツリーの開業当日の話題で持ちきりです。良いですね大きな前向きのネタは。先の亀岡のマスコミ報道はこのところ落ち着いています。小さなネタに困ったマスコミの勇み足でしたか。