第3567回

旧友の話を子らはどう聞くか

大学時代の学友、湯川正と陽子さんが久しぶりに高松空港に降り立ちました。湯川は仕事で何度か高松入りしていますが陽子さんは35年前、私たち夫婦の結婚式に来高して以来です。もちろんその時の空港は、旧林空港で、プロペラ機でした。

湯川正氏は、大学のゼミナールの同窓で、私の結婚式の司会を引き受けてくれました。その頃の結婚式は、友達が披露宴の司会をするのが多かったと思います。今はプロの司会者ですから外すことがなくなりましたが、35年前私が結婚した頃は、式中にハプニングが多発し、違った意味でハラハラドキドキでした。

湯川氏は在学中から陽子さんと付き合っていて、私より早く結婚する予定でしたが、足を骨折して結婚式が延びて、その間に入った私の結婚式に陽子さんが介護役として高松まで付き添ってくれたのでした。

明日は長男賢士と未奈さんの結婚式です。家族だけの結婚式ですが、挨拶要員として、賢士の東京時代を知る湯川正氏に白羽の矢が立ったのでした。湯川氏は長男が仕事で落ち込んでいる時も、浮かれている時も、何かにつけて飯を食わせ話を聞いてくれたそうです。

それにしても親子二人の結婚式に出席する友も、あまりいないと思います。奥さんもそれに付き合って高松入りするというのも、なかなかあるケースではないように思います。聞くと「栗林公園」の印象が良かったというので、ホテル入りの前に立ち寄りましたが、花見客で駐車場が満車でした。残念です。掬月亭で、初めての結婚式が行われていたようです。夜のライトアップも始まっています。

夜は自宅での食事でしたが、新郎と次男が加わりました。彼らはわれわれ4人の会話をどのように聞いていたのでしょうか。湯川正は東京音羽出身ですが、苦学して卒業したそうです。私は東京の子で、裕福な身である湯川さんと思っていました。

小欄によく登場する宮本嘉二や私は明らかに田舎から上京して来て、本当の「かっぺ」でしたが、湯川はお兄ちゃんに見えていました。人に見せないのが湯川の真骨頂でもあるのでしょう。転職も繰り返しましたが、それにしても転石苔むさずと言うことわざがありますが、彼は転職の度に待遇が良くなった転石が苔むす男です。

湯川正の話し、陽子さんも跡見女子高校卒明治大学というエリートコースを歩みながら、父親が暴力団担当刑事だったという話し。旦那の転勤転職に住居を替わりながらも、千葉区民としての生活が30年間に及ぶとか、いろいろな話が出て、2人の子供らはその迫力に聞き入っていました。

男の子は父親の言うことは聞きません。友を介して「父の思い」を知ってくれたら良いかなと思っています。そうそう話の途中で思い出しましたが、湯川の長男さんもほんの少しですが松野不動産に来たことがありました。私は何も言えませんでしたが、来た甲斐はあったようです。

高松再開発街区や、サンポート付近を案内し、地元法然寺から「チキリ神社」を見て回って帰宅しました。ここから宴会が始まり、ホテルまで送ったのは23時にもなっていました。明日は昼前からですから、それに脇役ですからまあ良いでしょう。

電話で相談 メールで相談