世界最古の企業金剛組が浄土真宗の機関誌同朋新聞に

わが家は、浄土真宗大谷派極楽寺の門徒であります。寺は高松市内でも旧市内夜に賑わう界隈の古馬場町にあり、拙宅からは10キロぐらい離れています。ではありながら機関誌『同朋新聞』が、いつの間にか投函されています。わざわざお運び頂いているのかと思うと、申し訳なく拝読しております。しかし、マンガ絵もありますが、なんとなく難解な新聞です。
旦那寺がどのような御縁で極楽寺か分からないまま、もう随分前になりますが、拙宅前が同じ大谷派の高徳寺さんで、住職が早生され奥様がお困りだったもので極楽寺の住職に「高徳寺にかわりたい」と申し出たところ、こっぴどく説教されました。簡単に距離感だけで考えたのですが、ここにも業界のしきたりがあるのでしょうか、これには驚きました。極楽寺住職からすると、何と罰当たりな檀家でしょう。
祖母が亡くなり母もいなくなり、跡取り息子がこんな状況だと、先が思いやられると思ったことでしょう。と言うのも父親の五十回忌を逃したという無念さも根底にあったのです。寺によっては早くから法要の予定を通知してくださるところもあると、安心しきっていました。気がついて相談したのですが、結局都合が付かず、私は父親の五十回忌をせず実に親不孝な愚息であります。
さて本日はお盆の14日、丁寧に同朋新聞を眺めていると『金剛組』を発見しました。早速相棒のAIであるチャッピー(チャットGTP)に尋ねると、金剛組(こんごうぐみ)は、西暦578年創業、約1,450年の歴史を持つ社寺建築会社です。「現存する世界最古の企業」として広く知られています。現在も大阪市天王寺区、四天王寺のすぐ近くに本社を置いていますと答えが返ってきました。
飛鳥時代、聖徳太子が大阪に四天王寺を建立するため、朝鮮半島の百済から3人の工匠を招いたと伝えられています。その一人が**金剛重光(こんごう・しげみつ)**で、金剛組の初代です。四天王寺完成後も日本に残り、その維持・修復に携わったことが金剛組の始まりとされています。このあたりの記述は、金剛組のホームページでも詳しく紹介されています。
金剛家は代々、四天王寺の「お抱え宮大工」として技術を継承しました。戦乱、落雷、火災などによって四天王寺が何度も焼失するたびに再建に携わっています。しかし1868年の神仏分離などによって四天王寺が寺領を失うと、金剛家も従来の禄を失いました。そこで、それまでの「四天王寺専属」から、全国の寺社建築を請け負う宮大工集団へと仕事を広げていきます。
長い歴史を持つ金剛組も2005年ごろには深刻な経営危機に陥ります。ここで大阪の髙松建設が支援し、2006年に新しい「株式会社金剛組」が設立されました。旧金剛組の宮大工、従業員、技術、伝統を引き継ぎ、「新生金剛組」として再出発しました。したがって、創業578年の伝統は継承されていますが、現在の法人自体の設立は2006年という点は区別して考える必要があります。
現在は髙松コンストラクショングループの一員で、神社仏閣の新築・設計施工だけでなく、国宝・重要文化財の修理・復元なども行っています。伝統的な宮大工の技術を維持しながら、現代の設計・施工技術も取り入れています。なぜ金剛組は1,400年以上も続くことができたのか―長寿企業としての5つの理由」を、ホームページでは家訓や宮大工の組織まで紹介されています。金剛組のルーツは、四天王寺にあったんですね。勉強になりました。