盛和塾世界大会2日目

朝9時からの再開は、7時に食事をして8時過ぎにチェックアウトをして、会場移動と慌ただしい。昨晩は流石に二次会へはよういかんで、負担金を払ってゴメンをさせて頂きました。続くとやはり堪えます。
この10日間で3回東京へ行き、その間で指針書発表会を無事終えることが出来ました。当然年に一度ですから、これに合わせて振り返りと、見通しを立てます。それを文章に落とし、数字化してまとめます。今年は30期の節目で、ホテル開催というこれまでと違った環境下でした。わが社員は、実に優秀なスタッフに育ちました。
昨日に続いて今日も、4人の塾生の体験発表です。世界大会(昨年までは全国大会)で発表をすると言うのは、塾生にとっては大変な名誉です。たった8人ですから、6000人を超えた塾生の総代です。
発表の内容については差し控えますが、数字も含めて、かなり密度の濃い発表をされています。業種業態は違っても、大変参考になります。特に医療の世界でも収益を追求するという発表には、盛和塾でなければ聞けない話だと思います。市立病院、県立病院もこうあるべきだと思いました。やると決めてやれば出来るのですね。
最後に塾長講話がありましたが、はじめて聞く松風工業時代の話もありました。困難に打ち勝つ心構えのあり方について、熱い話を聞かせて下さいました。「岩をもうがつ強い意志」と言われました。加うるに、「燃える闘魂」です。
帰りのJAL1415が、「天候調整」というのですか、「高松空港視界不良で着陸できない場合は羽田空港に引き返すこともあり得る」という条件付きで離陸をしました。私はこれまで一度も遭遇したことがありません。大丈夫と鷹をくくっていました。
高松空港への着陸態勢なのに、何と轟音をあげて再上昇するのです。機長から再挑戦をするという機内放送があり、結果的には2度目で無事着陸。香川塾生に聞くと、よく搭乗する何人かは犠牲になっているようです。私にもそれが近づいてきているようにも感じました。もう暫くは飛行機に乗るまい。