盛和塾紫紺会高松開催

昨日は中国四国地区盛和塾塾長例会でした。明けて本日、盛和塾生で明治大学卒業生が、集まってきています。会長の竹中右門さんをはじめ、7名が弊社に集まっています。別に「ざこね会」なる会があることも承知しています。
「ざこね会」は塾長例会開催地の塾生企業を数社、前日後日で回るようです。いずれにしても、ソウルメイトと呼ばれる仲間は、稲盛和夫塾長や塾生から、多くを学びたいと必死です。
本日は、弊社の「わが経営を語る」的な発表でしたが、このために資料を作りました。また若い社員に作ってもらいました。これは新たな気づきです。私の考えを彼女らに上手く伝えられたら、実に良い資料を作ります。ビジュアルであり、訴求力が溢れています。それに気づいただけでも、お受けしたのは大収穫でした。
話の内容は、学校を卒業して今日までの、経営者としての歩みですが、私のは昭和50年代から始まり、一気に平成10年代へ飛びます。波瀾万丈はありません。あの平成3年頃の、「バブルの崩壊」も関係ありませんでした。
その場でも喋りましたが、私はこれまでの30年近く、買取仲介をしたことがありません。そのバブル期の頃は、銀行から物件と1億円の融資がついてきましたが、私は元職麺職人です。うどん一玉20円ぐらいの商いの中育ちましたから、賃貸仲介報酬が一室決めて3万円という報酬は、それはそれはありがたいものでした。
それを1億円でそれも銀行の金で買って、数日で1億2000万円で売却するという商売は、どうしても抵抗がありました。1億円の仲介報酬は、300万円も貰えるのです。2000万円は暴利です。300万円(場合によっては両方から貰えて600万円)も、これは適正報酬ですから、消費税までつけて堂々と貰えます。
過去はこのくらいにして、これからビジネスですが、現状維持では収入柱が細っています。大学生は、3年生からマリンライナー(JR瀬戸大橋線)で通学して、賃貸市場では大学は2年制です。つまり学生さん用の賃貸物件は、これまでの半分でまかなえるという恐ろしい現象が現れています。
このような状況下にあって、私は、平成4年に誕生した「定期借地権」を利用した建物分譲を考えていることを報告しました。塾生は、熱心にそして真摯に内容の吟味をして下さいました。ありがたい質問と、アドバイスを頂きました。また励みが出来ました。
帰りを急ぐ方を送り出し、うどんを食べに「竜雲うどん」へ行きます。賛否両論ありますが、私の麺職人の誇りとこだわりを継いで下さっている「竜雲うどん」へやはり足が向かいます。残念ながら素麺の製造は中止したようですが、うどんは進化して続いています。「天ぷら冷やぶっかけうどん」を、みんなで頂きました。美味いの一言。