二宮尊徳像がわが町にありました



私の小中高の同級生に、水津繁美という男がいます。わが仏生山町の南の方に住んでいるのですが、今日偶然に前を通りかかったら、尊徳像がありました。聞いてみたらご母堂様が買ってきたものだと言うことでした。
彼に断って、写真を撮らせて貰いました。二宮尊徳像は、もうどこの小学校にもありません。私は小学校で是非、「ひとつことコツコツと」やることの大切さを教えて頂きたいと請い願っています。その象徴として、二宮尊徳像を全国の幼稚園や小学校に設置して欲しいものです。究極の子ども手当です。
内村鑑三著鈴木範久訳(内村鑑三が明治時代(41年)に英語で書いて世界に紹介したもの)「代表的日本人」の中で、5人の生まれてから死ぬまでの業績を紹介していますが、その中に二宮尊徳が登場します。
鋤1本鍬1本持って、朝は夜が明ける前から畑に出て、夜は星が出て畑が見えなくなって家路に就くのです。誰よりも早く出て、誰よりも遅く帰る姿に村民は動かされて、寒村を豊かにしていったのです。
今日本人にかけている資質の一つが、「ひとつことコツコツと」やる考え方じゃないですか。便利になりすぎて、あっと言う間に事が成就してしまいます。だからこの逆で、願いがすぐに叶わなければ、己のエゴをむき出しにして、人を殺めたり、虐待したりするのです。第一に、土曜日が休みであることが常識になっている子らに、土曜日は仕事ですよと言ったら、「損」した気分になる新社会人の多いこと。
人は働くことで心を高め、生まれてきたときより少しはましな人間になって死んでいけるのです。訴追を恐れず言うなら、労働に対して国がとやかく言うのは間違いだと思います。週40時間以上働いたら罰するという強権は、1ドル120円が好ましいという国務大臣と同じくらい愚かです。
為替相場は相場だから支持されるのであって、政府がこれに介入して操作するようなことがあれば、自由主義経済社会から抹殺されることになります。それを就任したばかりの国務大臣は、愚かにも先の発言をして、世界の失笑を買ってしまいました。
話がややこしい迷路へ、入り込みそうです。二宮尊徳と言えば、写真のように薪を背負って本を読む姿が銅像化されていますが、父親に早く死に別れ(16歳)、一家離散で伯父さんに育てられ、「農民に学問はいらない」と言われながら、運ぶ道中なら安全確保さえ出来れば本を読んでも、仕事をさぼったことにはならないと言うのが彼の考え方でした。
今日本に欲しい、リーダ像がここにあると思います。権利の主張過ぎが、本当の意味での「不幸人」を作ってしまいます。