第1140回例会故L吉峰泰夫を偲ぶ会







高松栗林ライオンズクラブの、4月第2例会でした。去る2月11日90歳で逝去された吉峰泰夫先生のご子息吉峰公博さんをお招きして、偲ぶ会を開催しました。クラブの黎明期から入会されて、15代会長等、ライオンズクラブにあっても多くの要職を歴任された偉大な先輩ライオンです。
さらに吉峰泰夫先生は整形外科医として、また香川県医師会、日本医師会の役員として活躍されて、先に鬼籍に入られた久米川久夫先生(元香川県医師会会長)とともに、県下の両巨頭でした。
偉ぶらず、素直で謙虚な先生でした。京都大学を卒業されて、軍医として満州で従軍されて、終戦の前に帰ってきて、日赤高松で傷病患者の手当をしたと聞いております。当然先生の「十八番(おはこ)」は、軍歌でした。
そして「自分はライオンズクラブが国旗に礼をして、国歌斉唱をするので好きだ」と言うのが口癖でした。私の国旗掲揚癖は、吉峰泰夫先生から教えられた教訓にあるのかもしれません。
数年前に何かの拍子に、「教育勅語」を読むことが例会であって、私は読んだこともなかったのですが、その勅語を読みました。詰まりながらですから、昔の人が暗記していたように流ちょうには発声できませんでしたが、「概ね良好」と褒められたことを良く覚えています。
小欄を書くために、「教育に関する勅語」を読み返してみました。そして吉峰泰夫先生への恩返しとして、少し長くなりますが、教育勅語の口語文訳を掲載します。大正9年10月文部省発行の「尋常小学修身書」(小学校4年生用)の教科書から転載したものです。
私(天皇陛下)は、私たちの祖先が、遠大な理想のもとに、道徳国家の実現をめざして、日本の国をおはじめになったものと信じます。そして、国民は忠孝両全の道をまっとうして、全国民が心を合わせて努力した結果、今日に至るまで、美事な成果をあげて参りましたことは、もとより日本のすぐれた国柄の賜物といわねばなりませんが、私は、教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。
国民の皆さんは、子は親に孝養をつくし、兄弟、姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い、友人は胸襟を開いて信じ合いそして、自分の言動をつつしみ、すべての人々に愛の手をさしのべ、学問を怠らず、職業に専念し、知識を養い、人格をみがき、さらに進んで、社会公共のために貢献し、また法律や、秩序を守ることは勿論のこと、非常事態の発生の場合は、真心をささげて、国の平和と、安全に奉仕しなければなりません。そして、これらのことは善良な国民としての当然のつとめであるばかりでなく、また、私たちの祖先が、今日まで身をもって示し残された伝統的美風を、更にいっそう明らかにすることでもあります。
このような国民の歩むべき道は、祖先の教訓として、私達子孫の守らなければならないところであると共に、この教えは、昔も今も変わらぬ正しい道であり、また日本ばかりでなく、外国で行っても、まちがいのない道でありますから、私もまた国民の皆なんとともに、父祖の教えを胸に抱いて、立派な日本人となるように、心から念願するものであります。 明治23年10月30日 御名御璽(ぎょめいぎょじ)
どうですか皆さん、「道義立国の達成」ですよ。明治23年は、明治憲法が発布された翌年です。いろいろなものが整備された頃です。あらためて、吉峰泰夫先生のご冥福をお祈りします。