小池秋義さん逝去の喪中ハガキが届きました
この時期から、「喪中ハガキ」が届きはじめます。悲しいことですが、知らせて下さったことに感謝です。今年の一号は、小池秋義さんの死を告げるハガキでした。小池秋義さんは、私の大学生活で、一番印象に残っている恩人の一人です。
小池さん家族はその当時、江戸川区平井に住まいがありました。その2階に悪友の宮本嘉二が住んでいて、いつ頃かもう忘れましたが、私が洗濯物を持って洗濯に行き始めました。ご学友の宮本は、そんな図々しい私をも包含する程の大物でした。
今考えるともう35年前の話しで、四国のおしゃべり松野と、東北の寡黙宮本がどうして口をきくようになったのか定かではないのですが、いつの頃から宮本嘉二の下宿に出入りしていました。
そこが小池秋雄様宅でありました。おばさんに食事の世話をして頂き、呑んで喰って騒いで疲れて寝ていました。そこへ同級生の、湯川正が、三浦慶明が、福永晴雄がと段々増えて、週末には大変な騒ぎになっていました。
そこには「陽子」さんと「さち子」さんの姉妹がいて、さち子さんには彼がいましたが、長女の陽子さんはその頃まだ彼がいなくて、芳江おばさんの腹の中では宮本さんのお友達の一人をお婿にという思惑も少しはあったのかと思います。
そんな喧噪のなかで、おじさんはいつも笑顔が日常でした。腹が立つこともあったと思います。学生であることを差し引いても、目に余るわれわれの遊技でした。もう時効ですから言えますが、お嬢さんの部屋に数人が寝た時は・・・・・・消灯。
今小池家は横浜に移っています。芳江おばさんは不動産売却の名人で、常に高値で売り切って、大きい条件の良い家に移り住んでいます。不動産バブルの前に平井の一戸建てを売り切って、今は「浜っ子」です。
近々御霊前に、感謝の意を捧げたいと願っています。