第2378回

流政之展と囲む会

本日から2月8日まで、高松市美術館で、高松市庵治町にアトリエを構えて世界的に活躍されている「流政之」氏の個展が開催されています。

これに先立ち、先生を囲む会が本日18時から同美術館1階ピロティで開催されました。「流先生の命令」(個展を開催するための条件)で大西秀人市長が断を決したと聞きましたが、この場所でのパーティーを私は知りません。大西秀人市長も着物姿で、祝辞を述べていましたが、恐らくこれが最初ではないかと思います。

私は今から30年前になるそうですが、東かがわ市引田町の「かめびし醤油」のパーティーに呼ばれて、はじめて流政之氏にお会いしました。その時に、もちろんオーラは出ていましたが、「手を組むな」と一喝されたのでした。それから私は手を重ねて、自らを抱きしめるようなポーズにしました。これも先生の命令です。

パーティーなどの経験もない20代の若造は、なすすべが無く、一人つまらない顔をしていたのだと思います。それは叱りとばす勢いで、もちろんその場は驚くだけでしたが、後ですがすがしいものを感じました。

今日の来賓で挨拶をされた平井たくや衆議院議員も、「人の前でたばこを吸うなと叱られた」ことを披露していました。

流政之の略歴をフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』で紹介します。

1923年長崎県に生まれ、1942年立命館大学法文学部へ進学。その後中退し、海軍予備学生出身の零戦搭乗員として終戦を迎える。その後、世界各地を放浪、独学で彫刻を学び現在に至る。1975年には、ニューヨーク世界貿易センターのシンボルとして約250トンの巨大彫刻『雲の砦』をつくり国際的評価を得る。また、作品『受』はニューヨーク近代美術館の永久保存作品(パーマネントコレクション)として収蔵されており、彼の国際的評価の高さを裏付けている。

私も何度か庵治町のアトリエへお邪魔をしたことがあります。もちろん取り巻きとしてで、一ファンの域を出るものではありませんが、正月の四国新聞に大きく「これから俺をどう使うか」が高松の香川県の発展のように書かれてありました。

香川県や高松市は、もともと芸術文化に縁が薄く、これらを高く評価する県民性が余り無いように思います。風光明媚な災害の少ない土壌がそうさせるのかも知れませんが、最近は音楽にしても芸術にしても、演劇にしてもまた食文化にしても、私は全国並みにはなってきたなと自負しています。

新法の財団法人の設立も成って、これから益々の盛り上げが県民の手で出来ることでしょう。

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