北京五輪の途中経過と私の五輪考
2008年オリンピック開催国中国の強さが、非常に印象的です。メダルの数で比べるのは、その全てを語るとは思いませんが、昨日現在、常勝国アメリカを抜いて、世界一の金メダル数で、ロシアなどの欧州列国を大きく引き離しています。
よく比較される1964年の「東京オリンピック」ですが、「北京五輪」はそれと酷似していると思います。日本も五輪前に、高速道路網や東海道新幹線などのインフラ整備に成功し、極端に言えばその後の国家発展の起爆剤に「東京五輪開催」がなったと思います。2024年に東京で、再度五輪を開催したいと意気込んでいる石原慎太郎東京都知事の思惑も、中国国家指導者の今の考えと同じだと思います。
日本での開催も、突貫工事の連続でしたが、中国の開催にも、無理しているところを感じます。開会式の圧倒的な人海の、一糸乱れぬマスゲームと光の演出は、まさしく北京が世界の中心的な舞台であることを、映像を通じて世界へ知らしめたのでした。
しかし報道管制がしかれている中で、「中国の56民族を代表する」と紹介された子供の多くは、実際には各小数民族の衣装を着ていた漢民族の子供たちだったり、開会式の花火による「巨人」の足形が合成映像だったことや、革命歌曲を歌った少女の歌声が実は「口ぱく」だったこと、チベット自治区や新彊ウイグル自治区での原住民の強い反発等の問題は、これからの中国が完全に近代国家として発展するというベクトクからは中心がずれているように心配します。物理的時間が足りなかったという問題とは異なると思います。
小欄で過日も書きましたが、「中国の失敗」は決して対岸の火事ではないのです。「失敗したざまあみろ」とうそぶいていては、日中間の、少し大きく言えば東アジアの国々間の失敗に広がります。
貧しい農村からの出稼ぎを一掃し、スラム街を一方的に壊して、未完成に終わった建物等はコンクリートの塀で隠し、装甲車まで出して史上空前の治安配備のもとで挙行される平和の祭典オリンピックとは一体何なのか。
東京大学教授・姜尚中氏の論文によれば、今の中国は、かつて日露戦争の勝利に酔い、国民がこぞって一等国になったと浮かれていた日本で、夏目漱石が小説「三四郎」の中の登場人物をして、「日本は亡びるね」と言わしめ、現にその40年後に日本は、8月15日に一度亡びたのです。
氏はこのままでは、「中国は亡びる」と心配をしています。その要因に、共産党一党独裁が招く弊害を挙げています。民主主義の発展、国家の繁栄、国民の幸せのためには、時間が掛かることです。「井の中の蛙(かわず)=共産党独裁政権」のままでは中国は亡びる可能性もあります。
余談ですが、先の大戦で日本が戦争に走ったのは、日英同盟の失効に原因があると私は考えています。日露戦争の勝利は、日英同盟のお陰でもあったのです。
ひるがえって中国の発展は、日中同盟的関係の形成が必要だと思います。日中同盟など、今の両国間では考えられないことです。百歩譲って同盟を結ぶとしても、「友達の嫌がることは言わない」的な同盟ではダメです。小室直樹著「小室直樹の中国言論」に書かれている「ホウ」の関係にならないと、真の両国発展の同盟などまた夢の夢です。