阿久悠さん逝去
昭和の歌謡詩を、この人が支えたと言っても過言ではないでしょう。1970年からの昭和の歌謡曲黄金時代を代表する作詞家で、また作家でもありました。兵庫県淡路島の出身ではなかったですか。
阿久悠さんは明治大の先輩なんですね。確か文学部だったと思います。サラリーマンから転職、作詞家としての人生を歩むのですが、「悪友」をもじって「阿久悠」の名前で、67年(昭和42年)にデビュー。デビュー曲は知りませんが、山本リンダさんの「どうにもとまらない」、沢田研二さんの「勝手にしゃがれ」、ピンクレディーの数々のヒット曲を手がけました。
新御三家の、山口百恵、桜田順子、森昌子から、石川さゆりさんの「あれをごらん竜飛岬・・・津軽海峡冬景色」など、その作詞曲7,000曲と言われています。
阿久悠さんの歌詞は、「書き言葉と読み言葉の一致」が大きな特徴だと思います。というのは、「私は一人連絡船に乗り・・・」という歌も、作曲の都合かで、助詞や助動詞が抜ける歌詞が多い中、彼の作品は、かならず、読んでも正しい文章になっています。
だからある意味、歌い手は歌いやすい、聞き手は聞きやすいのかもしれません。彼の作詞曲を歌っていない大物は、美空ひばりさんだけかな。いやいやまた書き込みがくるかな。