第8082回

79回目の終戦記念日全国戦没者追悼式と金メダル貢献手袋

終戦から79年となった15日、政府主催の全国戦没者追悼式が日本武道館で行われ、遺族など約3千人と関係者の総勢4千人が参加。事前に参列意向を示した遺族は戦後生まれが約47%で、惨禍の記憶や教訓の継承のあり方が問われている。最高齢者は97歳、兄が戦病死した。最年少は3歳、硫黄島に赴任した高祖父が戦死している。

高祖父は「こうそふ」と読みます。また、一般的な呼び方として「ひいひいおじいちゃん」もあります。家族の中で話すときや、実際に高祖父を呼ぶときは「ひいひいおじいちゃん」と呼ぶことが多いかもしれません。つまり、「自分の曾祖父母の親(男性)」を指します。つまり、自分の曽祖父のことです。性別が男性という意味から、「父」という言葉が入っています。

例年通りの全国戦没者追悼式だが、9月の自民党総裁選挙への不出馬を表明した岸田文雄首相は式辞で、今年もアジア諸国への加害責任には触れなかった。昨年までの『積極的平和主義』の文言は使わず、『法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化を進める』と述べた。退陣することから、よりホンネに近いモノが出たと私は思う。靖国神社参拝には諸外国から反対があるが、国内行事につきご意見無用を貫くべきだ。英霊は式典より靖国の杜で会うことを、喜んでいるかもしれない。

今の世界中の戦争を俯瞰すると、なんだか人間のエゴがより鮮明に出た不毛の戦いゲームをやっているように思えてならない。自分のイメージする『戦争』とウクライナやガザ地区の有り様は、明らかに違う。ウクライナで被弾した建物の消火に、消防ホースが使われている。インフラがやられているのに、あんなに水圧が出るモノだろうか。昭和20年5月頃の日本各地の惨状を資料写真で見ると、消防活動など皆無で、逃げ惑う庶民の姿しかない。

戦争弱者のウクライナやガザ地区のいいぶんが社会正義であるはずだが、それにしてもどうして早期に終結しないのか。戦争で儲けている一部の人間集団がいそうだ。ガザでの死者が4万を越えて、いつまで和平交渉が進まないのか。私は不思議だし、専門家は「複雑な問題をはらんでいるから」と言うが、ことは単純で人の心「許す」ことができたら解決すると思うのだが。

もう一つこの15日を迎えるたびに、北方領土占守島(シュムシュ島)の戦いを描いた『終わらない夏』を思い出す。昭和20年8月15日前後の占守島を描いた浅田次郎の小説だが、何ともむなしいソ連の戦い方とそれを護る日本軍戦車隊の動きを書いている。戦争は勝っても、ましてや負けたらむなしいモノだ。元々領土などは地球から借りているモノで、「俺のモノ」と主張するのがそもそもおかしいのかもしれない。

さて後段のネタだが、パリ五輪フェンシング日本代表の「金」に貢献した『香川のグローブ』について、お国自慢をほんの少しだけ。フェンシング競技用のグローブ(手袋)製作を手がける細川勝弘さん(77)=東かがわ市=と妻かずゑさん(75)について、四国新聞が小さく報じている。東かがわ市は香川県の最東讃にある合併市で、手袋の生産地として知られているが、手袋自体の需要が落ちて往事の賑わいはもうない。

そんな中で、オーダメードのグローブを作る会社や、工場がある。大企業は争って韓国・中国へ生産拠点を移して、本家は閑散としてしまった。技術までも盗まれて、『不毛の40年』がむなしく過ぎてしまい、残ったのが零細企業でその一つが先の細川さん夫婦のような人々。彼らの活躍とフランスコーチの貢献、第一は選手自身の努力と精進だが、これらが相まって「金」につながった。

手袋から高齢者用介護靴に特化した『徳武産業』については、また別の機会に紹介します。日本一小さな県、それでも日本一はここにもあります。

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