会長日記

第5031回

週刊2誌スクープ合戦文春快走追う新潮は出版業界を救うか

4月5日(火)の四国新聞22社会面で、「週刊文春」と「週刊新潮」のスクープ合戦について書かれた記事を目にしました。記事は共同通信社の配信かと思いますが、この類いの記事は珍しいと思います。確かに正月からこちらの2誌の活躍は、話題性として議員辞職、社会問題化するくらいのインパクトある記事です。

週刊文春1月14日(木)号に、タレントのベッキーさんのスキャンダル記事が出ましたが、これに端を発したように、1月28日(木)号はTPP担当の甘利明国務大臣の金銭授受問題が出ました。タレントスキャンダルは、幾らか自粛をしていれば嵐は過ぎますが、国会議員の金銭問題は、そうは簡単に終わりません。

甘利明国務大臣記事の内容は、そのまま法廷の証拠となり得るほどの精度が高いもので、「横浜銀行東海大学前支店」から出て、紙幣番号までが判別できる写真付きです。この記事は、甘利明国務大臣に恨みを持つ建設業者の罠だと言わ…

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第5030回

長尾健司監督の仕切り直し試合か小豆島に大敗

春季四国地区高校野球大会出場決定戦が9日、香川県高松市生島町のレクザムスタジアムで開催されて、序盤から終始リードを奪った小豆島が7-3で高松商を下し、地元開催の四国大会(5月3~5日・レクザムスタジアムほか)の出場権を獲得しました。

またも高松商は、小豆島に敗れてしまいました。島の応援は「18」のアイデアだけでなく、熱いものがあります。良いじゃないですか、同じ県人が球場内で熱くなっています。小豆島の応援は、ひつこいぐらい熱い。高松商応援団も頑張っていますが、負けています。

春の四国大会は各県2代表の8校で争われるのですが、県代表2枠のうち、1枠は春の県大会で初優勝した大手前高松がすでに獲得。今日新たな切符をつかんだ小豆島と大手前高松は16日、同スタジアムで四国大会の、出場順位決定戦を行います。

戦前の予想では、試合は、選抜大会準優勝の高松商打線と小豆島のエース左腕長谷川投手の対決が見…

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第5029回

64回目の誕生日は第32回四国こんぴら歌舞伎大芝居お練りから

朝から平木享県議をはじめ、数人から電話やメールを頂きました。ありがとうございます。この年になると、誕生日といっても他の364日とあまり替わりません。しかし今日は、こんぴら歌舞伎大芝居のお練りがあると聞いて、嫁に誘われて行ってみました。朝礼でも社員の皆さんから、祝意を頂きました。感謝!!

明日9日から、第32回こんぴら歌舞伎が始まります。前日の今日は、「成功祈願」と「お練り」と決まっています。私は、芝居の舞台はもう10年ほど前に一度だけ見に来たことがあります。しかしお練りは、今日が初めてです。金陵の郷(西野金陵)から出て、またここへ帰って来て、舞台挨拶をします。

司会は、32年連続で荒井孝子さんのようです。私たちも初めてで要領が掴めません。とりあえず金陵の郷へ行ってみました。元JTB高松支店長の松岡さんや荒井さんの挨拶を受けました。初めての私に、次第を丁寧に説明下さいました。

前日の雨…

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第5028回

とても深い話し松原誠選手「上にはいつも王さんがいた」

四国新聞の「名球会リレーコラム」に松原誠氏が書いていた記事が、強く私の心に残ったのです。松原誠選手は、大洋ホエールズの主力選手です。2千本安打、300本塁打、千打点を全て達成したのに、タイトルに縁がなかった名選手です。

1974年は残り10試合近くまで数厘差で首位打者を争いながら、疲労とプレッシャーで打率を落としました。77年には33歳で110打点を挙げたが、打点王に届かなかった。上にはいつも、王さんがいたのだそうです。

一塁手の守備も自分の方が上手いと自信があったが、ダイヤモンドクラブ賞(今はゴールデングラブ賞)も全部王さんに持って行かれたと嘆きを書いています。そんな松原さんが、試合前に必ず外野のポール間を10往復走っていた王さんに「走る本数を減らしていたら、もっと長く現役でやれたし、ホームランも打てたでしょうね」と尋ねたのです。

「あの10往復は、他の選手に対する『君たちには負け…

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第5027回

岡山後楽ライオンズクラブの花見例会

姉妹クラブ、岡山後楽ライオンズクラブの恒例の花見例会へ来ています。毎年この頃に、岡山後楽ライオンズクラブは岡山城の近く後楽園に近いところで、さくらの花を愛でながら、例会を開催します。今年は、岡山プラザホテルでした。後楽園内の由緒ある和室は、抽選漏れでした。

私たち髙松栗林ライオンズクラブの5名は、場所の峻別はしません。ここですよと言われたら、そこへ行き、言われるまま内野謙蔵会長が挨拶をして、そうそう今日の会長挨拶は、高松商の甲子園大会での活躍の話題から実に多岐に渡っていました。

岡山と言えば、瀬戸内ダービーと呼ばれた、センバツ甲子園での2回戦創志学園との戦いです。結果は高松商が5-3で競り勝ちましたが、創志学園投手をはじめ、守備は一流品でした。明治神宮野球大会で優勝している高松商は、その意地もあって、2回戦突破のベスト8を目指して創志学園と戦っていました。

岡山の人々も、甲子園出場は…

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第5026回

大型客船が続いて入出港しているサンポートバース

カレドニアン・スカイ(英国船籍)4,200トンが、サンポートバースに8:30入港し慌ただしく18時に出港しました。私も香川県の広報からこの情報を知り、出港を観に行きました。この時代では珍しいのですが、船上外国人(オーストラリア人が多かった)で岸壁日本人の、「分かれテープ」が風にたなびいていました。

「港出船のドラの音たのし、別れテープを笑顔で切れば・・・」ご存知石本美由起作詞「憧れのハワイ航路」の一節ですが、石本自身は作詞当時までハワイ航路(横浜 - ホノルル - サンフランシスコ。戦前は日本郵船の花形航路)には乗船の機会が無かったのです。

そのため、瀬戸内海を航行する大阪商船の別府航路と、東海汽船の伊豆七島航路をイメージして作詞したのです。まさにいま出ていこうとする、瀬戸内海汽船がそのルーツなのです。どうですか、瀬戸内海クルーズは、エーゲ海クルーズにも負けないのです。

また岸壁には…

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第5025回

里山ブームにもう一工夫

最近よく、里山歩きの話題を耳にします。団塊世代の退職が本格化し、健康管理もかねて里山へ行くという老若男女の話しをよく聞きます。昨日の日曜日、髙松紫雲ライオンズクラブのふれ愛ウォークにも、「里山女子」の高学年の部の女性が多く参加されていました。

私が開業からこちら、大変お世話になった土地家屋調査士さんも、目が遠くなったからと「廃業」されて、いまや登山家に変身しています。もともとみかん畑でみかんの手入れをしていたこともあって、足腰はしっかりした人です。かみさんの同級生も、中間町の喫茶店に30名ほどが集まり、近くの山へ登っているとか。

ところで里山ですが、登山道の手入れも有志によって進められて、俄然歩きやすくなっています。登山道はこれで良いのですが、ここで私の提案です。山の木を使えないかと思うのです。木を切ることで、もっと歩きやすくなることもあると思います。また、それ以上の効能があります。
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第5024回

髙松紫雲ライオンズクラブのふれ愛ウォーク2016

10回目を迎える「ふれ愛ウォーク」は、髙松紫雲ライオンズクラブのメインアクティビティとしてすっかり定着しました。髙松紫雲ライオンズクラブの名前の由来は、「紫雲山」です。従って「紫雲の森」をはじめ、紫雲山に関係する奉仕活動をしています。

具体的には紫雲山という「里山づくり」から最近は、「里海づくり」を言い始めています。石清尾山から紫雲山にかけては、通称「峰山」と呼ばれる起伏のある台地になっており、峰山町という集落を形成しています。反対側山裾に、特別名所栗林公園があります。

都市計画法の第1種低層住居専用地域で、まちなかにあって、建築が許されていて市内の夜景も堪能出来る、それでいて標高239㍍ほどあり夜は気温もほどよく下がり、とても住み良い場所だと私は思っています。そしてこの時期は、花見の名所でもあります。奥にはバーベーキュの専用施設もあります。

高松市街地に面した貴重な緑地帯であり、周…

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第5023回

さぬき仏生山の昔ばなしと方言集

橋本タカ子さんの代名詞となった、「おばあちゃんの昔話」のCDをホームページにおきました。古くは弊社の印刷物「生活情報誌miss」の中で、語りを「おばあちゃんの昔話」として書いてもらっていました。自画自賛ですが、これがなかなかの好評で、毎月楽しみにされていた読者も大勢いらっしゃいました。

その「生活情報誌miss」も廃刊になり、そのあと発表の場としてご自身でさぬき仏生山の昔ばなしと方言集としてCDを何十組か制作されました。その中の1組が私の手元にあって、仏生山町の再開発をするためのNPO法人のホームページに掲載させて頂けることになりました。

音声CDも容量が大きいもので、変換に時間がかかっていましたが、この度全部の掲載が出来ました。是非一度お聞き頂けたら、仏生山町を知るきっかけになりますし、「生活情報誌miss」の中で、語りを「おばあちゃんの昔話」として書いてもらっていたのが、これから将…

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第5022回

高松商第88回選抜高校野球大会準優勝報告会

第88回選抜高校野球大会で準優勝した高松商ナインが1日、高松商へ帰高してきました。昨秋の明治神宮野球大会優勝に続き、20年ぶりに出場した甲子園の舞台でも55年ぶりの優勝戦を戦った選手らを、在校生保護者会紫雲会、そして市民らまでが暖かく出迎えました。

とは言いながら、バスが予定より早く帰高したもので、バスの出迎えはまばらでした。しかし13時から北体育館で行われた準優勝報告会では、準優勝旗を持った米麦圭造君を中心に野球部員全員と、犬伏英人部長、長尾健司監督が凱旋入場してそのまま登壇、セレモニーが始まります。

この時間は新聞報道もされていて、大勢の応援団が集まりました。報道陣も数多く集まっています。中筋政人校長先生、実行委員会真鍋健彦会長、野球後援会齋藤和良会長、高商倶楽部の我部山耕造さんらの挨拶に続き、犬伏英人部長、長尾健司監督、米麦圭造君からお礼の言葉がありました。

「甲子園へ置いてき…

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