国際ソロプチミスト丸亀とオイスカ中讃推進協議会のクリスマス会
こちらも3年ぶりの開催となった『国際交流クリスマス会』、ソロプチミスト丸亀が30年近く、オイスカ四国研修センターの研修生を招待しているイベント。私も、その中の1~2回は来ています。JR丸亀駅から、タクシーで駆けつけたこともありました。特に今回は、中讃の顔であります高橋康則氏が、このイベントの仕切りを終えたら息子さんの待つ、横浜市へ移住すると言う。
私と高橋康則氏のご縁は、公益財団法人オイスカ四国支部での付き合いです。エイやタイプの私は、高橋康則氏の綿密な計画、実践、反省など企業研修でたたき込まれたPDCA(PDCAサイクル(PDCA cycle、plan-do-check-act cycle)とは品質管理など業務管理における継続的な改善方法。Plan(計画)→ Do(実行)→ Check(確認)→ Act(改善)の4段階を繰り返して業務を継続的に改善する方法)を地で行く総務部長タイプの高橋康則氏を、ある意味うっとうしく思い、反面尊敬もしていました。GOLFが得意で、高松推進協議会で今年チャリティーゴルフが出来たのも、高橋康則氏のアドバイスのお陰でした。
その高橋康則氏は、地元丸亀の地場大手『四国化成工業』の元幹部で、退職後も、OB会などで影響力を持っていました。そんなこともあって、オイスカ四国支部中讃推進協議会事務局も、ながく務めています。会長の中野百合子さん(中野美奈子さんの母)も、高橋康則氏に頼るところが多くありました。その高橋康則氏が、いなくなります。私は仕事柄、自宅を処分して都会へ移り住む人を何人か見てきました。
お別れは悲しい辛いことですが、次のステージへのスタートでもあります。『息子が来ないか』と言うから行くと言う決断は、勇気のいることでもありますが、父親の本懐でもあります。田舎の居宅を売却して、退路を断って移住します。女性はこの手の決断と順応力には、定評があります。高橋康則氏の場合は、若い頃横浜あたりで勤務したことがあり、趣味のゴルフがあり、マイカーも持っていくそうです。
私も70歳、人ごとではありません。私がどこかへ移住することは、まずないと思いますが、それでも、介護施設への入居は考えています。それは入居するというのではなくて、入居しないための方法を模索しています。人の死は、必ずやってきます。『ピンピンころり』と死を迎えられたら、最高の成仏でしょうね。
話しが随分飛躍しましたが、高橋康則氏に幸多かれとただ祈る私であります。もうひとつ、ソロプチミスト丸亀の会長は松野幸子さん。大恩あるわが母親と同性同名、わが母は37歳で後家になり『サチ子』と改名しましたが、両親がつけた名前は『幸子』でした。
今日も9名の研修生は、元気です。今日のダンスは、メキシコ流と聞きました。その後のフラダンス、会場が寒々しているところでのフラは、気の毒です。フラは汗をかく位が、丁度良いですね。大勢が、高橋康則氏の門出を心より祝っています。『おやじ28日はゴルフやで』、そう語る高橋康則氏は嬉しそうな顔していました。