出作熊野神社新体制が発足したが先細りは否めない




小欄でお馴染みになりましたが、『出作熊野神社』の責任役員(総代)に就任しました。僭越かとも思うのですが、2年か4年ぐらいリリーフでつなぐと、その後はエースが登板してくれる手はずになっています。先にも書きましたが、ここ5週間くらい神社のこと、古代史のこと、『出作熊野神社』のことについていろいろ考えることができました。
一人では何も出来ませんが、あの人この人、重責を担うには退任希望者が出て、私も年長者に死ぬまで神社に尽くしてくださいともよう言わず、とにかく引き受けて次につなぐことを使命と考えています。それでも出作熊野神社規約第4条理念で、『本神社は、参加者全員の物心両面の幸福(しあわせ)を追求すると同時に、地域社会と住民の安寧と平和と集う者のいやさかを祈念し、一人一人の人生も幸福(しあわせ)になり、神社も繁栄することを請い願う』と生意気を書かせてもらいました。
高齢化が進み、氏子が集団で離脱する中、とにかくリリーフで登板する気持ちですが、自分も楽しく思えるようでないと、人生のつまずきとなりかねない。いつものように、「ウキウキワクワク」を追い求め、収益改善も頭の中にあります。私の任期中に本殿の建て替えはないと思いますが、10年20年先にはそれも迫ってきます。そのための準備も、今からやって置くべきだと考えています。
私は会社経営は当然ですが、学校経営やこの神社経営も同じように経営だと考えています。詳細は、ホームページに掲載しておきます。特に『出作熊野神社の歴史的変遷』は、独断と偏見を根拠に好き勝手を書かせてもらっています。最近ユーチューブYouTubeチャンネルでも縄文時代を観たりしていますが、稲作は朝鮮大陸から弥生時代に九州に伝来したと学びましたが、新たに発見された遺跡等から、縄文時代にはすでに倭国(日本)で稲作が行われていたようです。
このような話はさておきこの後は、離れた氏子や崇敬者(特別氏子)を募り、神社祭事には大勢が起こし頂ける様に、一軒一軒訪ねて勧誘していく予定です。たちまち、春の市立祭りが予定されていて、5月9日(土)が宵祭、翌10日(日)が本祭です。宵祭りの夜は、17時から福引抽選会が境内で、また入口にはキッチンカー(昔ならテキ屋さん)が来る予定です。
どうせやるなら楽しく、喜んでやらせていただきます。詳細はホームページをご覧ください。