3.11東日本大震災から15年
被災者の宮本嘉二に、久しぶりに電話してみた。相変わらず石巻で、漁業に携わっている。「もうそろそろ引退かな」というが、後継者がまだだともいう。捨ててしまえば執着もなくなり、楽になるのだが、祖父から父を経て自分が受け継いだモノを、そう簡単に投げ出すわけにもいかない。漁業は傍目から見ていても、何段もの役割階層を経由して、われわれの口に魚が入る。
その一つがかけても、今の流れのようにスムーズにはいかない。彼はきっとそう思っているのだろう。しかしその一段階が外れたとしても、自然にそれを補うように組織は再生する。己だけが、「自分がいなければ迷惑をかける」と思い込んでいる。これは彼一人のことではない、私もまだ現役を続けて、執着している。人のことが言えたモノではないが、仕事とは別に『あて職』もなぜか増えてくる。
今思案橋の課題は、高松市出作町熊野神社という全国からの目で見れば微細な神社の運営だ。生まれながらの氏子は70年以上、代々取り組んでいることから、粗になり密になり携わってきたが、ここへ来てその中心にと言われて考え込んでいる。選挙で選ばれた訳でもなく成り行きで就任していると言われている高商同窓会紫雲会会長も、私の恥ずべき行動かもしれない。これだけでも大罪かもしれないのに、神の世界、神社運営まで積極的にやるのは犯罪ではないだろうか。
震災に話を戻そうと思うが、あの日は寒かったと彼は言った。季節はまさに今で、四国では10度Cはあるが、石巻はプラスマイナス1度Cくらい。あの日は海水に浸かりながら、大型冷蔵庫の上で夜明けを迎えたという。南国人はひ弱だが、東北人は寒さには強い。そうそう『日本書記』や『古事記』を学んでいると、東北人はその昔北海道からやって来たという説もあるようだ。
2万2千人以上の犠牲者が出た2011(平成23)年の東日本大震災は11日、発生から丁度15年になった。節目だからとて、特段良いことがあるわけではないが、日本のみならず世界中が3.11東日本大震災からの東北復興に注目している。課題として残る問題は、東京電力福島第一原子力発電所事故現場だ。事故後に日本から原発が全廃になって、世の中が暗くなり産業も立ちゆかなくなるかと思いきや、ご案内のように東北は、そして日本は立ち直り始めている。
海産物の風評被害も、汚染水による海上汚染も、隣国が喧伝するように酷くはなく、落ち着きを取り戻している。原発の廃炉にはこれからも気の遠くなるような時間を要するが、あるものを稼働しながら、それでも確実に任務を果たすだろう。次の問題として、再稼働出来る原子力発電を動かしながら、新設原発をどうするか。安価な電気の供給は、物価高騰対策の一番の切り札だと思う。今の時代、電気なくして、何も語れない。
またこんな歴史的1ページ(時代)に、アメリカ・イスラエル連合軍のイラン攻撃戦争が勃発した。連合軍はイランを叩くが、イランはイスラエルやアメリカ軍が駐屯する中東各国の基地や施設に反撃をかける。情勢としては、イラン対中東諸国+アメリカ軍の状況が出来あがっている。それにヨーロッパ各国がどう動くか、日本はどうするのだろうか。地震などの自然災害ならまだしも、日常生活をしているところにある日突然ミサイル攻撃をして、その国の中枢人物を抹殺する暴挙がはたして許されるのだろうか。
3.11東日本大震災では、まだ行方不明の犠牲者が2千人以上いる。これは不幸にして自然災害で、東電福島第一原発事故以外は人の意志とはかけ離れた惨事だった。しかし、イスラエル・アメリカのイラン攻撃は明らかに人災だ。欲を捨てて物事に執着しない、心の持ちようで戦争を終わらせることは出来るのではないか。どんどん一部の愚か者が強欲に突っ走ると、人類は滅亡する。日本は神の国、どうにかなるが他が危ない。