第3178回

東日本大震災での吉報

次々に高濃度放射線漏れレポートが続くなか、18時過ぎ、ちょうどライオンズクラブの例会が始まる前に、明大同期卒湯川正から携帯電話がありました。「嘉二が生きている。自宅(石巻市湊字田町)の1階がダメで、2階に親兄弟が寄り添って生活している」という知らせです。「そうか!よく知らせてくれた」、その場はその程度の会話で終えました。例会が始まります。

そして夜10時半頃に、こちらから石巻へ電話を入れました。当然つながりませんでした。次に、千葉市に住んでいる湯川正へ電話を入れました。宮本嘉二の娘さんから無事を知らせる電話があったというのは、夕方の一報で聞いていました。

ところで震災の11日は、湯川正も都内から、千葉市中央区の自宅マンションまで40㎞を8時間かけて歩いて帰ったそうです。帰宅難民です。時速5㎞は、信号待ちを考えるとかなりの早業です。あいつ密かに鍛えておるな。

そのような電話の最中、15日(火)22時28分と31分に地震がありました。「揺れてる揺れてるこれは大きい」という湯川のライブ音声が携帯電話から流れてきました。テレビ速報で確認したら、マグニチタュード6.0震度6強静岡県東部が震源とテロップが出ています。地震も連鎖しているのでしょうか。

悪友湯川正の自宅は、中央区の高層マンション群の一角で、奴の家はその12階にあります。平時であれば、通勤時間も1時間かからず非常に便利なところとされています。しかし40㎞は、やはり40㎞です。12階も階段ならとても生活できません。

また11日の昼からは、都心の10階にいたと言っていました。大阪で同じ10階にいた私の体感があの程度ですから、推して知るべしです。このところの余震で、落ち着かない毎日が続いているようです。

一報宮本嘉二は、実家(石巻市魚町)が崩壊して、母親を自分の家へ引き取って生活しているようです。それも1階は使えないと言いますから、本当に夜露を凌ぐ生活でしょう。それでも生きてさえいてくれたら、これからどうにでもなります。奥さんや兄姉も無事のようです。ひとまず安心、勇気が沸いた吉報でした。

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