会長日記

第4980回

屋島ドライブウエー無料化実験が夏以降に

屋島ドライブウエーが、民間(高松琴平電鉄と聞いている)所有とはつい数年前までは知らなかった。当然公共の施設だと、信じて疑うことはなかった。もともとは香川日産の先代が、私費を投じて築造したと聞きました。昨年でしたかその偉業を称える胸像を、山頂駐車場の一角に子どもらが作りました。

屋島ドライブウエーは、1961年(昭和36年)に運用を開始、総延長は3.7㎞あります。現在の通行料は普通車630円、有料であることが利用者の足を遠ざけているとも言われています。そこで屋島を管理する高松市が、2014年秋に無料化の検討を表明していました。

それによると15年春の実施でしたが、新屋島水族館の閉館報道をうけて、高松市が一時動きを止めていたのです。昭和36年の道路設置も、今後のモータリゼーションを予想しての先取りであって、屋島の賑わいの再創には屋島ドライブウエーの無料化が避けて通れない喫緊の課題であります…

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第4979回

香川宅建協会入会審査会と顧問相談役参与会と全研懇親会

入会審査会は、私が委員長で毎月定例開催となっています。一昨年は入会者が激減して、回復のための手をいろいろ打ちました。そのかいもあってか、昨年と今年は横ばいで会員数を維持しています。この時代、団塊世代から上は退役していきます。残念なことに後継者と交替するより、廃業が多いようです。

そして入会者ですが、こちらは老若男女さまざまです。業界にいた方、周辺業務例えばマンション販売とか金融機関に勤務していたとか、また新規参入もあります。新規開業のきっかけの一つは、間違いなく「宅地建物取引士」資格合格です。

特にこの時期は10月の受験から、12月の合格通知を受けて直ちに宅地建物取引士登録をして、最短で宅地建物取引士証の交付を受けた人が入ってきています。つまり2年間の宅建業務勤務があれば、合格後直ちに登録が出来て、問題がなければ宅地建物取引士証が交付されます。

この2年間の宅建業務勤務がない人が、先…

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第4978回

2月は受験の季節でおじさんは日帰りで校友会役員会へ

私も40年前に経験したのですが、2月は受験生の季節です。特に多くの大学や短大・専門学校が集まる東京は、宿泊施設が不足しています。私は川崎市の親戚宅にお邪魔しました。ある先輩の話だと、孫さんが東京の大学数校を受験するために、都内の香川県関係のホテルに10連泊すると言います。

本日は、アパマンショップネットワークの全国世話人会のために、東京駅近の会議室へ行きます。往路はANA534便、復路はJAL483便と往復が違っています。神宮大会からの帰り、昨年の11月でしたがJAL便は高松空港上空で1時間旋回し、大阪伊丹空港へ着陸しました。初めての経験でした。

あの時は無事に着陸して、本当に安堵しました。有難いと思いました。しかしあの瞬間に、「JAL応援団」の呪縛が解けた気がしました。もともと私は、高松空港からのアクセスのために、ANAを使っていました。JAL便がなかったのです。それが稲盛和夫塾長の…

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第4977回

世界遺産の下鴨神社境内定借マンション本格着工

世界遺産下鴨神社(京都市左京区)境内の、定期借地権付マンション建設計画で、事業者のジェーアール西日本不動産開発(兵庫県尼﨑市)は2月15日、本格的な建設工事に着手したと発表しています。既に土地の整備は終わっていて、基礎工事などに着手するようです。

私も現場を見に行きましたが、建設地は国史跡「糺(ただす)の森」や本殿がある世界遺産区域から、道路を挟んだ境内の一部です。一見すると、境内外のように見えます。神社が年間8千万円の地代で50年間の定期借地権を設定して、事業者はこの借地の上にマンションを建設してマンション分譲販売します。

敷地は約9,650平方㍍(3,000坪)で、3階建を8棟、戸建感覚で99戸分譲する計画です。高級和風マンションで、確か瓦屋根がつくように書かれていました。完成予定は2017年6月。定期借地権付分譲マンションがまだまだ珍しい中で、幾らで販売し、果たして売れるかどうか…

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第4976回

NHK中井貴一のサラメシ

かみさんが、NHK番組の「サラメシ」が好きで、私もついつい番組を観ています。私は生ですが、かみさんはビデオです。今日は月曜日の23時前の定時のサラメシでしたが、時たまお昼の時間帯にも番組の再放送が流れています。まさにサラリーマンの昼飯です。

「サラメシ」とは、「サラリーマンの昼飯」の略のようで、職場と社食なども紹介されています。番組では、全国各地のサラメシを募っています。それに応募した企業や人が、番組に登場します。特別な人はいなくて、ごくごく普通の人が登場するのが人気の秘密のようです。

ナレーターは、俳優の中井貴一氏です。流石にこのレベルになると、声だけで訴える力を持っています。中井貴一氏は、父親が佐田啓二氏です。佐田啓二氏は、女風呂を空にしたと言われている「君の名は」の主人公として活躍し、高松港沖の男木島灯台を舞台の一つとした「喜びも悲しみも幾年月」にも主役として出ています。

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第4975回

講習の2日目は夜に高商祝賀会もありました

昨日も朝から立ちっぱなしで疲れましたが、歩数計はカウントがそう上がらず、ガッカリする場面もありました。しかし、風呂から出ての体重測定では、骨密度の結果がとても良かったですね。つまり長時間の立ち仕事のために、骨に刺激を与えた結果でしょうか。

今日は受講生から、これからの身の振り方の相談を受けました。昨日も書いたように、ここに集う若者は今不動産業界にいない者の方が多いのです。こんな時代ですから、講師に受講生氏名や勤務先を教えることはLEC東京リーガルマインドもしませんが、聞くと今現在の仕事から不動産業の世界も見ているようです。

私の生い立ちというか、どうして就業したのかも問われました。もともと私は麺職人で、家業の麺業をやっていて、かみさんの父親からこの道を「親孝行」として奨められたのがきっかけでしたといういつもの下りを話しました。いろいろ、将来を考えている若者が多いようです。

更に驚いた…

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第4974回

2016年2度目の宅地建物取引士登録実務講習会初日

1月に続いて、2月の標題講習会です。会場は前回と同様「高松センタービル」の4階。主催は、LEC東京リーガルマインド高松校です。先月の生徒は、全員合格と言うことでまずは関門クリアーです。ここへ来ている人のほとんどは、実務経験がありません。だから来ているわけでもあります。

弊社の社員などは、12月の合格発表後ただちに「宅地建物取引士登録」の手続きが出来ます。求められる2年間の実務経験があります。この2年間の実務経験がない人が、ここへ来ています。聞くと「趣味」という人もいたり、将来のためという人もいます。

昨年4月から、この資格は「宅地建物取引主任者」から「宅地建物取引士」へ名称変更がされて、少しは高みへ揚がったかのように感じます。私も限られた範囲での比較検討ですが、この宅地建物取引士資格は、独学でも3年間真面目にやると合格できるレベルの国家資格です。

問題は「真面目に学習」が出来るかどう…

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第4973回

松野サチ子の命日と姪の長男の誕生

このところバタバタしていて、なかなか休みも取れず、今朝は出社をためらっていました。早い話が「サボろう」と考えて、ダラダラして昼前まで過ごしました。テレビでは、「イクメン」議員の不倫辞職報道で賑わっています。甘利明国務大臣とかこのイクメン議員も、辞職が早いですね。

一説によれば、安倍晋三首相の意向に従って菅義偉官房長官が引導を渡していると言われています。「あっと驚く早業」ですね。甘利明国務大臣もTPP調印式までは留任説が流れていて、このイクメン議員も何も辞職まですることはないと思われていました。安倍晋三首相の、電光石火の早業です。

ところで今日は、母サチ子の命日です。かみさんに、墓参りを奨められています。ボツボツ起きて、身支度をします。昼食を食べて後、法然寺の墓所へ出かけます。昨日法然寺境内の「竜雲うどん」で坦々つけ麺を頂きました。流石2日続けては、行きにくい。

法然寺境内で「花」を買…

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第4972回

岡山後楽ライオンズクラブ認証55周年記念式典と懇親会

今年は周年の当たり年で、今日は岡山後楽ライオンズクラブの認証55周年記念式典です。今週の日曜日には、高知黒潮ライオンズクラブも55周年記念式典でした。次は、高松ライオンズクラブの60周年記念式典が3月6日に予定されています。

どのクラブも式典に併せて、5年間で多種多彩のアクティビティーをやっています。岡山後楽ライオンズクラブは、髙松栗林ライオンズクラブと同じ、「青少年の健全育成」を標榜しています。そのために独自のアクティビティーをやっている岡山後楽ライオンズクラブです。

高知黒潮ライオンズクラブの板東伸政会長は、髙松栗林ライオンズクラブの姉妹提携クラブの岡山後楽ライオンズクラブと同じように姉妹提携をしたいと言っていました。この件を岡山後楽ライオンズクラブに伝えました。岡山後楽ライオンズクラブは、驚き歓喜に包まれていました。

本日はここまで。

第4971回

野口レポート№233トルコの恩返し《パートⅡ》

1985年イラン・イラク戦争が勃発し、フセイン大統領は、「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機は全て撃ち落とす!」と警告を発しました。

世界各国は、自国民救出のため素早く救援機を出し、引き上げを完了しました。日本は政府の対応が遅く250人もの日本人が取り残されました。空港の日本人はパニック状態になりました。タイムリミットギリギリのとき、一機のトルコ航空機が到着し、日本人全員を救出してくれました。

この出来事は私の記憶のなかに残っておりました。この話に心温まる感動の物語があったことを、13年前に読んだコラムで初めて知ることができました。

1890年(明治23年)和歌山県串本町沖で、トルコの軍艦エルトゥールル号が暴風雨にまきこまれ難破しました。遭難した68人の乗組員たちを近くの島(大島)の住民は、自らの貧しい生活も顧みず、わずかに蓄えていた自分たちの大切な食べ物まで分け与え、親身…

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