会長日記

第1927回

第14回高松秋のまつり仏生山大名行列委員会

夏から始まっている、「大名行列まつり」の実行委員会の、私も構成メンバーには入っていますが、なかなか実行委員会にも出席できない毎日です。

決してさぼっているのではないのですが、結果出られていません。ところが・・・

今晩は今年初めての実行委員会へ出席しました。とは言ってもこの時期の委員会は、「陣旗(のぼり旗)」の設置とか、おなり街道への提灯づけとか、当日までの警告看板の設置とか、肉体労働の毎日です。

毎日みんなが肉体労働をしているなかで、参加できないのは辛いものがあります。弁解になりますが、昨日は同友会共同求人委員会でした。私が委員長で、欠席するわけにはいかない。火曜日は、内藤雄さんが東京からお越しになっていました。月曜日は祝日で日曜日は日曜日で、委員会はお休みです。

そんなこんなで時間が過ぎて、本日はちゃんと参加しました。今年2回めです。ならばと、「のぼり旗」の注文を多少取りました。…

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第1926回

中小企業家同友会共同求人委員会

隣で所属する高松第四支部の例会をやっています。委員長だから委員会優先は分かりますが、できたらバッティングしないのが良いですね。

それはそれとして、来月5日(月)今年度最後の「企業合同説明会」が、ニューフロンティアホテル(高松市寿町)で13時から開催されます。これの開催について大激論でした。

来年の共同求人活動は、2008年1月からスタートします。これまでの3月開始に比べて2ヶ月前倒しの計画です。大企業の早期大量採用に、どうしても中小企業も技術系の採用をリーダーにして、早まっています。良いか悪いかは、また別の機会に述べたいと思います。

大企業が大量採用をするために、われわれ中小企業の採用は切迫してきています。早くしたからといって、内定者をとれるかどうかは分かりません。中小企業が大企業と同じことをやっていても、勝てるわけもないのですが、こと「人」に関しては大も中も小もありません。

喧々…

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第1925回

香川県不動産コンサルティング研究会10月例会

NPO法人「相続アドバイザー協議会」専務理事・内藤雄(㈱三商代表取締役)を高松にお招きしての例会です。

相続アドバイザー協議会は、東京・高田馬場に本部を置く相続のエキスパート集団です。また「相続アドバイザー養成講座」を開講して、全国に「相続アドバイザー仲間」を増やしています。通常は、首都圏のいろいろな人が受講しています。

私も第8期生として、「短期集中特別講座」を受講して、「相続アドバイザー」として認定を受けています。どさくさに紛れて、「上級アドバイザー」資格まで頂いています。

通常の首都圏の受講カリキュラムは、田舎に暮らす者にはとても受講できないスケジュールです。だから首都圏以外の地方の「有志」が受講できる、短期集中特別講座をつくっています。私もそれを受講したのです。

今回の第13期を例に取ると、11月2日(金)、11月3日(土)11月4日(日)11月5日(月)の前半4日間と、後…

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第1924回

一生懸命生きてそしてましな人間になって死ぬのです

総務省発表の推計人口(平成19年9月15日現在)によりますと、日本は史上類を見ない長寿国になりました。

高齢者と言われている65歳以上人口は、2744万人(総人口の21.5%)になっています。また80歳以上人口は、713万人(総人口の5.6%)で、女性が478万人、男性が236万人と女性が男性のほぼ2倍です。

そして、男性の平均寿命が78歳、女性が86歳です。私の希望死亡年齢の80歳も、あながち大きくぶれた数字でもなくなってきました。

但し、認知症の高齢者が400万人を越えたというデータもあります。

今日は香西ミネさん(香西昇土地家屋調査士のご母堂様)の告別式でした。93歳というと、平均寿命を大きく上回っています。

また御尊父様は、施設に入所はしていますが96歳だそうです。告別式のことは話していないそうです。どちらのご家庭でも、同じ状況があります。

私の母も83歳になりました。…

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第1923回

コトデン長尾線の立体交差工事の完成

渋滞緩和や事故解消を図る目的で、国道11号高松東道路を横断する琴電長尾線の立体交差工事が完成し、本日の始発から利用されている。

線路を高架化して国道などの踏切7カ所をなくし、交通渋滞や踏切事故の解消を図るものです。国、香川県。高松市、高松琴平電気鉄道が1993年に基本協定に調印して、事業を進めてもう14年にもなります。

高架の立体交差区間はわずか1.74㎞ですが、この供用開始は、続く琴平線の高架化、さらにはJR高松駅乗り入れの高架化へと続く大切な第一歩です。

その琴平線の三条駅-太田駅間で整備されている第2弾の立体交差0.95㎞は、12月の利用開始になる模様です。私はこの琴平線をよく使います。電子カード「イルカ」の導入などで、バスと電車、自販機の買い物、最近は旧商店街での買い物まで出来るように便利になっています。

願わくば、この高架化の途中で新駅の新設を期待していたのですが、それは…

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第1922回

バスが入る「郷屋敷」は「うどん料亭」です

進行中の案件の打合せで、牟礼町の「丸尾建設」へ出向きました。いつも来て貰っているので、たまには行かなければ失礼に当たります。

そろそろ昼時と言うことで、近くの「郷屋敷」へ行きました。庄屋さんの旧家を料理店にして、庭を愛でる嗜好になっています。もちろん夜は高級料亭です。

なんとそこには大型観光バスが2台も入っていました。確かに広い駐車場と拡張なった道路づけで、旅行社にはありがたい昼食場です。

私も昼に「郷屋敷」へ行くのは初めてです。料理も凝っていて、値段も少々高いのです。今日は丸尾一幸さんに協力もお願いすることから、普段行かないところを経験しました。

広い座敷の間ですが、右も左も大変混雑をしていました。それはそうです、1台に30人としても60人は入っています。それにマイカー組もいて、店内は賑わっています。和服姿の女将さんも、かいがいしく動いています。

よくよく見ると観光バス組は、「…

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第1921回

悪夢の2004年9月7日の再来か引きずる台風禍

少々大袈裟な標題でスタートした今宵の日記。予定通りであれば、今宵は沖縄県の那覇市内で、元幹事の馬場基尚さんと美味い泡盛を飲んでいるところでした。

本土ではほとんど話題にならなかった台風15号の影響で、沖縄行きが中止になってしまいました。旅行代理店が、行きはよいよい帰りは帰れないからと、「中止」を勧告してきました。

思い起こせば2004年9月7日火曜日、高松栗林ライオンズクラブの第1005回例会日でした。8月末の四国を襲った台風15号で、二人の死者を出していて、この7日は午前中に県下全域に高潮警報が発令されて、続いて避難勧告が相次ぎました。

この年7月に会長に松野誠寛が幹事に馬場基尚、会計に北村昌史が就任していました。3人で協議し、結局42年目にして高松栗林ライオンズクラブ史上初めて、例会を中止にしたのです。

当日は7名ものゲストをお迎えする予定があって、お天気眺めでなかなか中止とい…

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第1920回

高松市と米国交流事業・大リーガー岩村明憲選手支援の大アーチ

米大リーグ、デビルレイズの岩村明憲選手(28)=となり愛媛県宇和島市出身が、チームの本拠地で、香川県高松市と姉妹都市提携をしているセント・ピータースバーグ市の国際交流事業を支援してくれることになったと高松市が発表しました。

支援の内容は、セント・ピータースバーグ市から高松市へ派遣する高校生2名の派遣費用の、日本円にして58万円の肩代わり。

両市は昭和36年に姉妹都市提携を結び、派遣事業は59年から取り組んでいます。これまで38名の親善研修生が高松市を訪れているということです。

ところがセント・ピータースバーグ市が財政難による予算削減で、同事業を打ち切るのを知った岩村明憲選手が、その肩代わりを申し出たのです。そして彼も賢い。デビルレイズとの契約期間である今後3年間の継続を約束している。その間は身分が安泰か。

良い話題ですね。人への投資は、何倍にも膨らんで帰ってきます。まして若い頃の異…

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第1919回

4リジョン23クラブのしんがりは小豆島東ライオンズクラブ

7月から始まった4R・RC塩田博志の、23クラブ訪問の最後です。小豆島東LCは今年1000回例会を控えた、40周年記念式典を昨年挙行された、大変歴史のあるクラブです。

小豆島には、「小豆島LC」とこの「小豆島東LC」の2クラブがあります。小豆島東LCの親クラブが小豆島LCですから、両クラブ共に、早くからライオンズクラブの活動が島の活性化につながっています。

その中にまたロータリークラブがあるというから、会員増強は至難の業でしょう。既にガバナー方針の一つ、「純増2名」のために、1名入会でリスティングリストには20数名の名があがっているそうです。

本日は年に一度の、「男の料理」例会だそうで、みんなで作った料理を、例会前に頂きました。場所は、「四国電力」(小豆島は香川県・香川県は四国電力)ではなくて、「中国電力」の3階IH料理体験室でした。

例会食を自ら作るというクラブは、初めてでした。…

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第1918回

アシックス創業者・鬼塚喜八郎氏死去

新聞によりますと、スポーツ用品メーカー、「アシックス」の創業者、鬼塚喜八郎(おにつか・きはちろう)氏が先月29日心不全のため死去したと伝えています。

私は、鬼塚喜八郎氏の講演を聴いたことがあります。創業時の苦労、製品の、私はバスケットシューズの製造秘話を聞いたのです。

鬼塚喜八郎氏は、シューズで世界に「オニツカ・タイガー」を知らしめたのですが、バスケットシューズの開発に当たって、止まること、滑らないことが重要として、床から剥がれないほど接地力が高いシューズを作りました。剥がれないので次の攻撃が出来ずに「これは失敗」と実に明るく開発過程を説明していました。

89歳で逝去とありますから、私が話をお聞きしたのは70歳を超えていたと思います。明るく素直で元気でした。失敗は成功の母と言わんばかりの、「失敗自慢」の大爆笑でした。

アシックスと言えば連想するのは、USA「ナイキ」のシューズです。…

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