会長日記

第7881回

お年寄りにスマホの使い方指導の高校生

四国新聞25日の朝刊に、県立琴平高校(水兼博士校長)の生徒22人が、お年寄りら10人にスマートフォン(スマホ)の使い方を優しく助言したという記事がありました。私はかねてより、高齢者(綺麗に言えばお年寄り)ほどスマートフォン(スマホ)を使って、身体の不自由になったハンディキャップをカバーする術を身につけるべきだと考えていて、みずからもそのように努力しています。

記事によると、琴平町主催の『スマホサロンもしもし』が23日琴平町総合センターであり、食べモノや高齢者対応などを学ぶ琴平高生の授業『生活と福祉』の一環で、3年生の女子生徒が講師役を務め、お年寄りが受講したという。何度も繰り返して教えてあげたり、実際に操作を試してもらったりしたようだ。また、お年寄りらが打ち明ける、スマホの失敗談や雑談にも笑顔で耳を傾けたという。孫にはジイジイも、素直になれます。

私も高松で、受講料を払ってスマートフォ…

続きを読む

第7880回

観音寺グランドホテル事業譲渡し新会社で営業継続安堵した地元民

高松在住の私までもが心配していた、観音寺グランドホテル(同市坂本町)の事業継続が発表された。観音寺グランドホテルは、旧加ト吉(現テ-ブルマーク)が1973年と言うから50年前に開業。その後増改築を重ね、約400人収容の大ホール、17室ある大小の宴会場、レストラン、チャペルを備える。宿泊可能な客室数は40以上。可及的速やかに能登半島地震被災者向けに、無料貸出をするそうだ。新社長が珠洲市出身。

何と言っても約400人収容の大ホール、17室ある大小の宴会場が存続されるのは、西讃の経済交流の場が確保されることになり、私まで胸をなで降ろす。加ト吉が隆盛な頃、私も何度か訪れましたが、西讃のシンボル的な施設でした。企業の経営指針発表会や周年記念式典など、なくてはならないところです。

中讃の『オークラホテル丸亀』高松の『JRホテルクレメント高松』、加えて東讃の『トレスタ白山』・『ロイヤル三本松』など、…

続きを読む

第7879回

六親眷属葛西浩さんの7日参り読経は称讃寺端田信弘住職

22日夕、香川町の葛西小夜子さんから電話を頂戴しました。夫・葛西浩さんの葬儀が、18日に行われたとの知らせでした。松野家と六親眷属親戚関係にあり、特に私の祖母・ミツヱが大変世話になりました。過去には祖母の実家、三名町の日下豊さんから連絡をもらっていたため、何の心配もしていませんでした。豊さんの死後から、連絡網が途絶え、氏の葬儀さえも知らされなかったほどです。

誰が悪いというのではなく、一口で言うと『時代が変わった』としか言いようがありません。日下家でも当主豊様は、確か9人兄弟姉妹の末っ子。家を出た兄姉から、十分な支援があったからこそ、実家の慶事仏事の取り仕切りが出来ていたのでしょう。広い田んぼがあって、戦争中でも食べるモノに不自由はなかったと、生前の祖母は自慢していました。

昨日は遠出をしていて都合がつかず、本日午前中に自宅へ馳せ参じました。行ってみて驚きました、今日は葬儀後から始まっ…

続きを読む

第7878回

北への新幹線が事故後から終日運休

23日午前10時ごろ、金沢発東京行き北陸新幹線『かがやき504号』が大宮―上野間を走行中に停電が発生し、車両が停車した。東北と上越、北陸の各新幹線が通過する区間のため、東京―仙台と東京―髙崎間が終日運休し、東日本から北陸にかけての広範囲で、交通網が長時間乱れる、極めて異例の事態となった。

事故は架設トラブルで、作業員一人が感電で死亡している。事故だから想定外の事柄が続いたと思われるのですが、この程度のアクシデント(関係者の皆さんゴメンなさい)で、終日運休は頂けない。少なくても夜には回復するモノだと期待していたが、存外復旧に時間が掛かった。2万人が影響を受けたと言われています。関係ないモノはこのように文句を言っていたら良いのだが、関係者にはお見舞を申し上げる。

専門的な事故復旧策は分からないのですが、次の日の始発から回復したのは『あっぱれ』と私は申し上げたい。ただ事故対策案が十分出来てい…

続きを読む

第7877回

屋島山上からサンポート高松をながむれば

屋島組メンバーが、屋島山頂の山上交流拠点施設『やしまーる』を後ろにして、眼下の瀬戸内海を眺めています。瀬戸内海は多島美が一番の売りで、大小の島がここからでも奇異に見えます。綺麗だという表現もあたっていると思いますが、不揃いの意味のない配置が、ここから眺めても面白いのです。突然ですが私はかねてから、サンポート高松(高松港)から女木島へ連絡橋を架けられないモノかと、考えています。久しぶりにここでその対象地を見ていると、改めて面白い発想だと思うのです。

本音は『海底トンネル構想』ですが、そのトンネルも香川県が世界に誇る『日プラ製』の透明のアクリル樹脂パネル製のトンネルです。日プラ株式会社は、日本の香川県木田郡三木町にある日本企業で、アクリル樹脂パネルメーカー。 海遊館や、沖縄美ら海水族館をはじめとする水族館の水槽を製作していることでも知られています。周り300度がアクリル樹脂、つまり透明で『鯛…

続きを読む

第7876回

屋島組今日は一転グルメ紀行20January2024

香川県まんのう町川東のそば処『島ヶ峰そば』に、7人でやって来ました。昨年12月2日(土)から開店し、3月までの季節限定でなお毎週土曜日だけの営業。その営業も11時から限定50食、ここまでこだわる場所へ来るには、朝から昼食の段取りであります。9時半に『道の駅滝宮』へ集合し、ことなみ未来館北側(旧琴南中学校家庭科教室)へ向かいます。

10時半から整理券を販売し、11時から『島ヶ峰そば900円』を50食だけ販売すると言う実にレアなそば処です。準備周到われわれが、当然整理券一番組です。私はそば通ではありませんが、リーダーのK氏が何かと話題を提供してくれています。食後には、『島ヶ峰の原風景を守る会』が耕作放棄地を再開墾してそばの棚田を整備している『島ヶ峰(標高900m)』まで、一方通行を上がります。

TVで見ている『ポツンと一軒家』のような山道を登ります。2.4キロ先の山頂まで、2台が前後して登…

続きを読む

第7875回

明治大学全国校友香川大会事務局会議2024正月

2024年、いよいよ香川大会開催の年を迎えました。2020年に第56回大会として鋭意企画進行していたモノですが、新型コロナウィルスの感染拡大に伴いやむなく中止の憂き目を余儀なくされました。大学関係者の高配もあり、最速4年後の開催がいよいよであります。全国大会は準備の都合からも、数年先まで開催地が内定しています。割り込むようになりますが、10年先となると熱意が冷めて去る人も増えてきます。

冒頭に図師泰支部長(アイフォーンの音声認識機能では『ずこやすし』)の挨拶がありましたが、私と同学年ということからも、大会開催に対する考え方がよく似ています。世代間格差や、昨今の全国大会の傾向も熟知しています。昨年大会は名古屋、その前には金沢大会もありました。その石川県での『能登半島地震』、被災された皆さまにお見舞い申し上げるとともに、ご冥福をお祈りしております。

香川大会は今年9月28日(土)と29日(…

続きを読む

第7874回

令和6年能登半島地震の教訓から学ぶ全体測量の愚行

『数千年に1回』とされる地殻変動は、石川県輪島市で最大約4メートル隆起を生じさせるなどし、各地の漁港が壊滅的被害を被っていると聞く。漁師さんの高齢化もあって、廃業の危機も透けて見える。石川県内最大の漁獲量誇る輪島港の海底が、3,4メートル上がったという証言もある。波止場施設も大きな被害をうけて、漁業の網や養殖のそれらにも被害が大きい。

国土地理院は人工衛星のレーダー観測で、輪島市や珠洲市で数メートル単位の隆起が発生したと推定する。近年の地震では突出した高さで、現地調査をした専門家も「非常にレア(まれ)なケース」だと驚いている。机上論では想像出来ない現実が、現場では山積している。名古屋大の山岡教授(地震学)は、能登半島は地震による隆起を繰り返しながら形成されてきたとし、変化した地形に人間活動が合わせるしかないと強調する。

私はこれら地方の隆起で、人々の営みがどうなるか、どうなるべきかを論…

続きを読む

第7873回

令和6年香川宅建協会賀詞交歓会

恒例の賀詞交歓会が18日、クレメント高松で開催されました。来賓の池田知事は公務欠席でしたが、大山智副知事が知事の祝辞を代読してくれました。来賓祝辞は続きますが、異口同音に『能登半島地震災害』の見舞いが冒頭に入ります。賀詞交歓会ですが、正月の挨拶は漏れても見舞い言葉は続きます。

交歓会は、香川宅建に関係する議員先生から首長、業務関連業者と主役は会員さんです。県下一円12支部から、会費を払ってやってきています。会員さん同士の交流会ですが、今日ばかりはまさに無礼講。コロナ禍では開催もありませんでしたが、今日ばかりは盛り上がっています。わずか2時間でしたが、坂出支部長・植條敬介氏紹介の余興も盛り上がりました。司会の荒井孝子さんもお疲れ様でした。大勢が二次会へ繰り出したことでしょう。会員総会では飲酒の機会がありませんが、こうしてみると一杯やるのも良いものですね。

さて本日の主張ですが、当事者の私…

続きを読む

第7872回

阪神大震災から29年神戸から能登へ思い寄せ

1995(平成7)年の阪神大震災は17日、発生から29年となった。6434人が犠牲となった大災害だが、私の人生で経験した大災害の走りとなった災害でありました。このあとが、2011(平成23)年3月11日の東日本大震災、それから今年元日の『能登半島地震』と続く。勿論その前後にも大災害は、例えば熊本地震などが発生したのですが、記憶はこの3つになるのです。

その先達となった阪神大震災から29年、ハード的には今では傷跡も残らず復興が出来ているようですが、ソフト面では犠牲者6434人やその家族は今でも傷跡は消えない。しかし災害の多い、災害から立ち上がるのも強い日本の阪神地方は、復興が出来たと言えると私は感じていました。次の東日本大震災からは、13年目を迎える。10年経過し、遠隔地の四国から見ていると、終わりはありませんが、一応の復興がなったとみています。

今は何と言っても能登半島地震の被害、発生…

続きを読む

電話で相談 メールで相談