松野サチ子の13回忌法要
日本国中がこれまでに経験したことがないと言われるほどの寒波と豪雪に見舞われる中、実に穏やかな陽光が差し込む自宅仏間に六親眷属集まりて、わが母松野サチ子の13回忌法要を執り行いました。大正14年生まれですから、ちょうど100歳になります。戦争の経験があり、肥後の国・熊本生まれの肝っ玉母ちゃんでした。熊本に赴任していたわが父親と知り合い、惚れて四国まで嫁入りました。
37歳で後家(夫が肺がんで病死)になり、その後女の細腕で、私たち兄妹を育ててくれました。家業の製麺業で生計を立て、男女二人の子供たちを大学・短大まで出し、6人の孫に恵まれました。製麺業は後継者の私が大卒から14年間続けましたが、昭和の最後に廃業し、私はこれまで2足の草鞋を履いていましたが、ここから不動産業に専従し、サチ子は廃業に伴い製麺資材を購入してくれた社会福祉法人竜雲学園で、若者の指導者として60歳から10年間働くことになり…