平成は四国に福音をもたらせた
地元四国新聞の「令和新時代へ」という特集記事に、ふと目が留まった。高速自動車道「高松道」の誕生から、懸案だった東讃の暫定2車線区間の解消が、平成最後の平成31年3月にかなった。やっと、高速自動車道の体をなしたように思います。高速自動車道の対面通行は、思い出しただけでぞっとする。
四国内の高速自動車道は、部分的に工事が進み、やがてそれがつながって今日を迎えている。まず昭和62年(1987)に、三島川之江(愛媛県)-善通寺(香川県)間が開通した。翌年の昭和最後の63年には、瀬戸大橋が開通し、バブル経済が崩壊した平成4年(1992)に、善通寺-高松西間が開通し、高松から瀬戸大橋を経由し、岡山へ行くことが出来るようになった。
今でも鮮明に覚えているが、子どもらから「おとうさん岡山のラーメン食べに行こうよ」と誘われて、「息子よ高松のステーキにしよう」と答えたことを昨日のように覚えています。この頃…
